ムンバイ、プネ(Dec/21~)

Vol.7-1

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第一話】(Day-2:Dec/22)ムンバイ  晴27℃

昨日、成田空港からANA便でムンバイに飛んだ。今回は教育関連の政府委託事業プロジェクトの現地市場視察チーム(2名)に、アドバイザー兼コーディネーターとして同行している。最近はエア・インディア便を利用していて、乗る度に座席のモニターが故障していたが、流石はANA便である。10時間の長時間フライトであったが、映画を3本観ることができ、食事も天丼を美味しく戴いた。機内食に天婦羅とは、勇気ある選択では無いか。定刻より少し遅れてムンバイ空港に到着し、何事も無くホテルに午後8時過ぎにチェックインした。3人で夕食を摂って、長い1日の疲れを取るため早めに休んだ。当地ムンバイは西インドに位置し、東経73度にあるが、東側のコルカタは東経88度であり、その差は15度もある。通常経度15度は1時間の時差に相当するため、本来ならインドの国内で2つの標準時があってもおかしくないのだが、首都のニューデリーがほぼインドの中心に近いために、半時間の時差(日本とは3.5時間差)となったようだ。ついでに時差に関して言えば、お隣のネパールとインドの時差は15分であるというのも珍しく、面白い。
(第一話完)

Vol.7-2

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第二話】(Day-2:Dec/22)ムンバイ  晴27℃

今回の出張では、3.5星クラスのホテルに泊まったが、部屋は狭いけれど清掃が行き届いていてとても清潔感があり、ハンガーやドライヤーも備わっていたので快適であった。なのに何故か歯ブラシと髭剃りのセットは置いてなかったので、リクエストして持ってきてもらった。このホテルにはツインルームも25部屋あるとのことで、高校生グループにも最適だ。今朝は朝食を終えてホテルをチェックアウトして、ムンバイ市内視察に向かった。ムンバイ市南端のインドゲート、タージマハル・ホテル(2008年の同時多発テロ被害)、ヒンドゥー教寺院などを見学してホテルに戻り、当地に住む古い友人とランチミーティングをした。高校生向けのインド研修旅行には全面的協力を約束してくれた。その後、在ムンバイ日本国総領事館を表敬訪問して、今回のプロジェクトについての報告とバックアップ支援を要請した。総領事館を出て、Chatrapati Shivaji Maharaj Terminal中央駅(CSMT)に向かった。いよいよ特急電車でプネに向かうことになる。電車好きの自分としては、今回の出張の最大のアトラクションである。さて、どんな電車の旅が待っているのか、ワクワクしている。(第二話完)

Vol.7-3

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第三話】(Day-2:Dec/22)ムンバイ  晴27℃

話が前後するが、ランチミーティングの前に立ち寄ったのが、アジア最大規模として知られる「ドービー・ガート屋外洗濯場」である。自分は知らなかったが、こんなところが密かにムンバイの名所となっているようだ。マハラクシュミ駅の直ぐ隣に有るのだが、駅をまたぐフライオーバーで視界が遮られていて、知らなければ気付かないだろう。確かに凄い場所なのだが、それ以上にスゴイと思わされたのが、その洗濯場を見渡せるスポットがわざわざ、フライオーバー沿いに設けられていたことである。そこから見えるのは、正面遠くにそびえ立つ摩天楼と対照的な、圧倒される景色なのだ。以下のブログが参考になるだろう。それにしても、この洗濯場が観光客の名所になっていることや、スラム街を見物するツアーがあるなど、人の好奇心というのは、どういうものなのかを考えさせられる。(第三話完)
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インドの「ドービー・ガート」にみる、世界最大級の屋外洗濯場!圧巻の光景と人々の暮らし|スワローマガジン|クリーニングのスワローチェーン https://share.google/1gkh2yy250UzPEj6r

Vol.7-4

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第四話】(Day-2:Dec/22)ムンバイ  晴27℃

あの2008年のテロ事件の現場となった、タージ・マハル・ホテルについて、今回同行してもらっている通訳兼ガイド氏によると、タタ財閥グループ創設者のタタ氏が、当時イギリス人が利用していたホテルに入ろうとして断られたことに憤慨して自ら建てたそうだ。これに関しては、もう一つ逃せないのが、インドが英国の植民地であった時代には、いたるところに「犬とインド人はお断り」という掲示があり、あからさまな人種差別があったことだ。当時のインド人の反応と、そのような歴史を経て、現代にも引き継がれている可能性のある、インド人から見た白人社会に対する思いは如何ばかりか、日本人には計り知れないものがあるように思わされる。
https://share.google/qdVk6Cw6NjnUJ9Rlg
同ホテルの歴史に関してWikipediaに以下の記述がある。
(第四話完)
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インドの近代工業の父でタタ・グループの創始者でもあるジャムシェトジー・タタは、ムンバイ(旧ボンベイ)の当時最大のホテルだったワトソンズ・ホテルに入ろうとして白人専用であることを理由に宿泊を断られ、これに怒ってもっと豪華なホテルをインド人の手で築こうとしたとされる。インド人建築家により西洋の新古典主義建築とインドの伝統の様式を混合した姿で設計され、建設には25万ポンドを投じた。1903年12月16日にタージマハル・ホテルは開業し、以来ムンバイ第一のホテルとなりインドを訪問する世界の政治家・王侯貴族・有名人らがこのホテルの客となった。1973年、隣のグリーンズ・ホテルの跡地に高層のタワー棟が建てられ、現在に至っている。2008年11月26日のムンバイ同時多発テロにおいてテロリストに占領され、多数の客が殺害された。特殊部隊の投入により3日後にホテルは制圧されたが、館内は損傷し、パレス棟の最上階と屋根はテロ直後に起こった火災で焼失している。

Vol.7-5①

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第五話】(Day-2:Dec/22)ムンバイ  晴27℃

いよいよムンバイ中央駅(CSMT)からプネ駅(正式名はPune Junction)に特急列車で向かう3時間の旅が始まった。この路線で電車移動するのは何年振りだろうか、5年以上であることは間違いない。最後に乗った特急列車は、一等車(エアコン付きリクライニングシート)から三等車(エアコン無し硬いベンチシート)や、二段、三段寝台まで、いくつか等級があって、まるで列車全体がインド社会の縮図のように思われたのだが、、さてさて今回の特急列車は何と、全車指定席のエアコン付きリクライニングシートであった!! 但し、2つの等級があり、2+2の4席シートと、3+2の5席シート(東海道新幹線普通席と同じ)である。予約されていたのは真ん中辺りのE2号車で、2+2であったから、シート幅も広く座り心地も良かった。リクライニングも十分だし、フットレストもある。窓も大きくて車窓からの景色が楽しめる。AC電源もUSBチャージソケットも付いていて、試してみたら問題なくチャージできた。そして気になっていたのがトイレだが、何と、想像以上に清潔感があって日本の新幹線や在来線特急と遜色がない。しかもちゃんとペーパーも備わっていた。面白いのは、トイレには2種類あって、洋式とインド旧式(スクワット式)の両方が各車両にあることだ。
列車は定刻の16:05きっかりに出発した。(第五話続く)

Vol.7-5②

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第五話つづき】(Day-2:Dec/22)ムンバイ  晴27℃

今回乗った特急列車は、ヴァンデ・バハラート・エクスプレス(「インドへの敬礼」の意味)と呼ばれる、新型準高速列車で、時速160キロ走行の全席指定特急である。以下のブログが参考になるだろう。
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「インドの新幹線 Vande Bharat Expressに乗ってみた!」 西遊インディア アーカイブス 2024年2月21日 https://share.google/oNHPx8SZoMoSpRMSH
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さて、ムンバイ中央駅を出発すると、約1時間程市内を通過して主要駅に停車する。次第に混んできて、ほぼ満席状態になった。始発駅では乗客は半分位で、この16両編成もある特急列車が満席になるのか疑問であったが、インドの発展を象徴する一コマと言えよう。乗車して暫くすると、車掌がチケットの確認に廻ってきた。その後、サービス員がミネラルウォーター、新聞、スナックを配り始めた。走行中の横揺れはあるが、乗り心地はすこぶる良い。これならユッタリした気分で旅を楽しめそうだ。いつの間にかウトウトしていた。市内を走る通勤列車は、ドアを開けた状態で走行していることはあまり知られていないが、各駅停車は全ての列車がそうなっているらしい。特急の車窓を眺めていると、隣をドアを開けっ放しで走る普通列車を見ることができた。次第に混んできている様子が見える。ドア傍に座り込んでいる人もいる。空いているドアに寄りかかっている人もいる。何とも危なかしい光景であるが、乗客は慣れっこなのだろう。あのまま鉄橋を渡るのかと想像すると怖くなる。しかし、そんな通勤列車を横目に観ながらリクライニングシートにもたれて新聞を読む人がいるというのも、何とも言えないインドの現実なのであるある!! (第五話完)

Vol.7-6

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第六話】(Day-3:Dec/23)プネ  晴26℃

今朝も快適な朝である。最低気温は10℃で、昼間の最高気温も30℃以下、夕刻から少し肌寒く感じる程度だ。今日は今回の出張のメインイベントである、市内から少し離れたMIT-ADT大学と同付属IBスクールを訪問して、来年度に実施予定の、日本の高校生によるインド研修旅行のホスト校としての協力要請と、具体的な受け入れと交流活動に関する打ち合わせを行い、学長、副学長とも面談して、同学の全面的な協力が確認された。同大学のユニークな教育方針である、ホリスティックアプローチ(知識習得だけでなく精神を鍛え、創造力を養う情操教育)について説明を受けた。キャンパスツアーでは、同学付属小中高一貫校とIB校、そして同学内にある世界平和ドームと図書館、インド映画界に貢献された名優、故ラージ・カプール氏の記念館も視察した。
ラージ・カプール https://share.google/uXefcRSBB0BdblYUA
(第六話完)

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「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第七話】(Day-3:Dec/23)プネ  晴26℃

訪問したMIT-ADT大学付属小学校の小学2年生の教室で、興味深い掲示板を見た。そこには1から12の段までの掛け算式が生徒の手書きで書かれていたのである。どの段も1から10までの掛け算で、最後は12x10=120とある。小学2年生でここまで習っていることに驚いた。「インド人は2桁の掛け算が(暗算で)できる」という話を聞いたことがあると思うが、これを聞くと、99x99まで覚えているのか、というと、そうではないようだ。この機会に本当はどうなのか、案内してくれた先生に尋ねてみると、通常は19x10まで習うということであった。それでも大したものだと思うが、若いうちにやればできそうだ。「二桁の掛け算」イコール「99x99」ではないことを知り、ホッとした。情報というものは怪しいものなのであるある。(第七話完)

Vol.7-8

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第八話】(Day-3:Dec/23)プネ  晴26℃

MIT-ADT大学HSD(情操教育)学部の案内で、National Institute of Naturopathy(国立自然療法研究所)を訪問した。ここはインド政府のAYUSH省傘下にあり、厚生労働省とも連携している、国の医療研究機関であり、研修機関、診療治療機関でもある。ここで入院治療を受ける患者は、毎朝夕にヨーガをするそうだ。高校生向けの研修旅行のプログラムに、自然療法を知り体験するプログラムを取り入れる事を検討すべく訪問したものだ。この研究所に到着するまでにまさかのハプニングが起こった。事前に行き先の情報を得ていたので、そこに約束の時間に到着したのだが、MIT-ADT大学の案内者が見当たらない。連絡したら、行き先を間違えて連絡していた、申し訳ないが別の場所に移動して欲しいと言うではないか。そこから半時間以上かけて移動し、ようやく研究所に着いた。見ると全く同じ名前の研究所であった。先に行ったところは本部事務所で、こちら昨年新たに設立されたキャンパスだという。それで間違った行き先を連絡していたのだ。インドでは余り念押しとか、事前の下見などを省くことが多く、こういう問題も起こり得るのだ。Naturopathyについては以下が参考になるだろう。(第八話完)
厚生労働省eJIM | 自然療法[各種施術・療法 - 一般] https://share.google/TSc7X4OvDqGCSaT33

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「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第九話】(Day-3:Dec/23)プネ  晴26℃

国立自然療法研究所では、日本の高校生を対象とする1日セミナーを実施できるとのこと。主催者となる高校にて検討して頂くこととなった。また、Naturopathyはマハトマ・ガンジー翁が強く支持していたようで、同翁がプネで幽閉されていた時期から、同研究所の設立を示唆されたという。その背景から当地プネがNaturopathyのハブ都市になったようだ。同研究所にはLiving Gandhi Memorialと言うガンジー翁記念館が設立されるというのも愉しみである。同研究所の入り口には、The UPAS Tree of Desease(病気のウパスの木)の大きな掲示があり、病気の原因とその発達を木になぞらえて明示していたが、納得できるものであった。ここで高校生の研修旅行のプログラムを組めることを期待したい。(第九話完)

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「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第十話】(Day-4:Dec/24)プネ  晴26℃

今日はプネ市内の学習スポットを視察した。先ずはマハトマ・ガンジー翁縁のアガカンパレスである。ここは先月も日本からの来客を案内した場所だが、今回は同館の図書室を観ることができた。そこにはガンジー翁に関わる重要な6つの単語のリストが掲示されていた。そして、昨日訪問した国立自然療法研究所で戴いた、ガンジー翁とNaturopathyに関する図書も閲覧用に置いてあったのだ。今回の出張で、ガンジー翁とNaturopathyの関連を知ったことは、インドの伝承医学であるアーユルヴェーダをPRしている自分としても新たな知の発見となった。(第十話完)

Vol.7-11

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12 月編 第十一話】(Day-4:Dec/24)プネ  晴26℃

アガカンパレスの後は、プネの旧市街にあるKelkar民族博物館を見学して、一旦ホテルに戻り、当地の日本人会幹部役員3名とのオンライン面談で、今回の教育研修旅行プロジェクトへの協力をお願いし、基本了解を得ることができた。その面談後、日本語教師として著名な州立プネ大学の日本語学科教授とランチミーティング。午後は私立大学として歴史のあるTMV大学日本語学科に事務所を持っている、国際交流基金プネ支部を訪問して、今後の連携と協力をお願いした。同学日本語学科は日本語専攻でBA(学士)の資格が取れる、インドでは希有の大学である。これ以外にも日本語教育で歴史の長い、プネ印日協会日本語教室などもあり、当地は日本語の教育ではインド随一の町である。今回の教育プロジェクトに関連する多くの協力者を得ることができたことで安堵した。今日はクリスマスイブである。インドでも日本と同じく、宗教行事ではなく、季節の祭事の一つとして、お祝いのメッセージの交信があり、クリスマスのデコレーションはホテルやモールなどで町中を賑わせている。(第十一話完)

Vol.7-12

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12月編 第十二話】(Day-4:Dec/24)プネ  晴26℃

今回の教育プロジェクトでは、高校生が対象となることから、万が一の健康(救急医療)対策の為に、訪問都市での医療施設の確保も課題であった。プネの救急医療施設として、今回の宿泊ホテルからも歩いて行ける総合病院を飛び込みで視察した。
正面玄関を入ると、大き目のホールがあり、その奥に外来の総合受付があるのだが、入ったホールの玄関横に目についたのが、International Patients Services(国際患者サービス)と掲げられた事務所である。忙しそうにしている職員の様子をガラス越しに眺めていると、そこの部門長の年配の女性が出てきて、挨拶をしてくれた。日本から来た事情を話すと、名刺を取り出して、お役に立てるよう尽くすので、何でも言ってくださいという、言葉を下さった。
いきなりアポ無しで飛び込み訪問しても、このように丁寧にかつ親しみを込めて話をしてくれたことは、当地の人懐っこい民族性の現れである。首都ニューデリーなら、こうはいかなかったであろうと想像できる。
これで、高校生向けの研修旅行も盤石の体制が確立できそうだ。(第十二話完)

Vol.7-13

「インドあるある話シリーズ(Vol.7)2025年12月編 第十三話】(Day-5:Dec/25)プネ  晴20℃

いよいよ最終日を迎えた。今回の出張では、サプライズやハプニングがほとんど無いので、この「インドあるある話」も面白くないなぁ、と思っていた。ところが、である。ホテルをチェックアウトしたところで、車のエンジンがかからないという事態が発生した!
昨日までずっと調子良く走って活躍していた、トヨタの名SUV車のInnova Crystaが、である。世話人の通訳兼ガイド氏も慌てふためく始末であるが、サービスエンジニアを呼んだらしい。今日は陸路ムンバイに移動し、夜行便で帰国の途につくので、最悪の場合は別の車を確保しなければならないからだ。ムンバイで手配していた車なので、車もドライバーもムンバイに帰る必要もある。
さて、意外と早くエンジニアが来てくれたようで、直ぐに治ったと知らされた。何処かイグニッションの電気系統の接続に問題があったようで、パーツ交換することもなく、調整で復帰したようだ。不安はあったが、ともあれ、出発することになった。ヤレヤレ。
どうやら問題は解決したようで、先ずはプネ市内のIT工業団地を視察して、インド最大手のIT企業であるTCS(Tata Consultancy Services)をはじめ、Infosys、Wiproなどを車窓から眺め、その後順調にムンバイに向けて走り出した。いつもの高速道路でデカン高原を降りきったところにある、サービスエリアのモールでランチ休憩した。車も人も一杯で、広いフードコートも座る場所を確保できない状態であった。こういう時には、モール内のエアコン付きレストランに入るとガラガラなのである。フルサービスなので値段も高いが、それだけに空いているという訳である。軽く食事をして、ムンバイに向かう後半の平坦な道を、市内中心部の金融商業特区であるBKC(Bandra Kurla Complex)を一廻りしたあと、空港に向かった。車もすこぶる快調で、空港には予定より早目に到着できて安堵した。
今回は旅のハプニングは少なく、味気ないと感じている自分はひょっとすると異常なのかも知れない。(第十三話完 Vol.7完結)

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