チェンナイ、コインバトール、コヒマ、ディマプール、ムンバイ、プネ、ハイデラバード、ニューデリー(Jul/9~Jul/31/2025)

Vol.4-1

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編第一話」(Day-1:July/9)羽田空港 晴 33℃

前回は3月4日に帰国して完結した、この「インドあるある話」が今日から再開する。今回は30日までの3週間の出張であるが、南インドのチェンナイ、コインバトール、コヒマ、ディマプール、ムンバイ、プネ、ハイデラバード、ニューデリーの8都市を巡る予定である。コヒマとディマプールは北東インドのナガランド州にあり、今回初めて訪問することになる。現在、インド政府は北東地区への外国人の入領を制限しており、訪問のためには事前にILPとPAPの登録申請が必要で、しかも代理申請ができないことになったらしい。(これらについては追って報告)
羽田からニューデリーに直行便で約9時間飛ぶが、先日事故のあったAir India便の同じ機材であるため、予想以上に空いていて、3人がけ3列9席に自分一人であった。
定刻より9分遅れて出発。無事にニューデリーに着いてくれ。
今回のインド旅行でも多くのサプライズが待っていることだろう。第一話完

Vol.4-2

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編第二話」(Day-1:July/9)デリー空港 晴 36℃

今回久し振りにAir Indiaを利用したが、やはり2度と乗りたくないとの結論に至った。8割ほど空席でガラガラだったので、9時間のフライトが7時間半時間で到着したことだけは良かったが、サービスは最低であった。WiFiが無いとかスマホの充電ができないのは許せるが、まず座った座席のモニターが表示されないから映画も楽しめない。周りを見ると同じ状況の座席が多く、CAに聞くとシステムエラーなので他の座席に移っていただくしか無いとのことで、19Fから28Gに移動した。ある映画を観ようと選択したら、音がやかましい! ボリュームを最低にしてもうるさいレベルだ。普通の人よりも耳が遠い自分がこれだから、他の乗客はどうなんだろうか。他の映画でも同じだったのでしょうがない。CAはそんなこと知る由もないだろう。映画は比較的新しいものは少なく、字幕はヒンディー映画のみで、ハリウッド映画は全て吹き替え版だが、日本語吹き替えのある映画は約40本中10本も無い。ランチも美味しくなく、これでも国際線のランチかよ、という最低レベル。白ワインも冷えてなくてガッカリ。着陸前にも軽食が出たが、お腹を満たすだけ。トイレも汚れていてキレイにしていない。ANA便ならCAが定期的にトイレ掃除もやっているのと大違いである。
Air Indiaはずっと国営企業で評判が悪く、何度も倒産の危機にあったが数年前に最大手コングロマリットのタタ・グループに買収されていたので、今回はサービス改善に期待したのだが見事に裏切られた。ヤレヤレ、インドに着く前からこの有様である。先が思いやられる。第二話完。

Vol.4-3

「インドあるある話(Vol. 4)第三話」(Vol.4)2025年7月編第三話】(Day-1:July/9)デリー空港 晴 36℃

デリー空港の空は相変わらずスモッグで淀んでいた。外気温は36℃だが日本でも35℃レベルなので、こっちは湿度が低いし、空港内は冷房がシッカリ効いているので快適だ。乗り継ぎ便のチェックインも済ませて、バーで一服することに。生ビールの中ジョッキと辛いがクリスピーなフライドチキンを注文する。インドの銀行のカードでデビット決済ができてホッとした。チキンはブラックペッパーが効いていてハニーマスタードソースも真っ黒だが、意外とこれは非常に美味かった。先日日本で食べたKFCは不味くて揚げ足らず、珍しくお腹を壊したことを思い出した。空港内のWiFiも使えたので日本とインドの関係者に安着を報告できた。ただ、インドの携帯電話が使えない状態であったので、早いうちに復旧させないと面倒になる。多分、電話代の支払いが滞っていたに違いない。
まぁ、今回のインド旅の始まりとしてはそう悪くはないかな。
第三話完。

Vol.4-4

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編第四話】(Day-1:July/9)デリー空港 晴 36℃

デリー空港で乗り継ぎ便の出発が遅れている。定刻は19:35だが8時になっても出発していない。機長からのアナウンスがあったが遅れの理由は不明だ。まだ10分ほど遅れるというから、まぁ20:30頃に出発になるのかな。
このフライトは満席である。通路を挟んで3人掛けが両サイドにあるのだが、2人の乗客が指定された座席に座っていなくて、混乱が起きたようだ。真ん中のB席に座るべき乗客が平然とA席に座っていたので、CAが移動させた、なんて話はインドではあるあるなのであるある。30分以上出発が遅れているものだから、乗客の話し声、電話が鳴る音、音楽を聴いている音、スマホで何か観ている音、などなど、とにかくウルサイのである。いつの間にかアナウンスもなく動き出したことに気付いて窓を見ると雨が降っているではないか!! これは想定外であった。チェンナイは遠く3時間のフライトなので、到着地では雨は降っていないことを期待する。
第四話完。

Vol.4-5

「インドあるある話(Vol.4) 2025年7月編 第五話】(Day-2:July/10)チェンナイ 晴 35℃
夕べは乗り継ぎ便の出発遅れで、最終目的地のチェンナイのホテルにチェックインしたのが深夜0時を回っていた。それからインド北東地区への入領登録申請のパソコン入力に時間を要し、シャワーして寝たのは深夜午前2時半になっていた。
今朝は8時に起きて軽い朝食をとってチェックアウトして、今日からインドでの活動開始。気温は30度を超えている。朝10時から終日の日印ビジネスコンファレンスだ。ホテルからオート3輪タクシーで会場に着いたのは9時40分。懐かしい面々と挨拶を交わしてメイン会場に入ると主催者の幹部と再会を喜び合った。インドではコンファレンスが定刻通りに始まることは先ず無いが、今日も約10分遅れでスタート。二日前に当地チェンナイに住むインド人の知人を招待していたら、遅れて来てくれたが、彼らしいインドローカルの衣装で現れた。まるでモディ首相の弟のような出で立ちには流石のインド人達も一目置く。事前に登録されていないので名札も受付で手書きされていたが、インドでは当日飛び入り参加は珍しくなく、あるあるなのだ。最前列の「予約席」テーブルの空いている席に座っていもらう。午前の部の最後にパネルディスカッションがあり、3人のパネリストの1人として登壇して、いつもの調子で今後の日印間のビジネス展望について話した。かの知人は途中のティーブレイクの後、私の横に席を移動してきたので、その席に座っていた友人は別のテーブルに移動することに、あるある。
ランチは100%ベジタリアンメニュー(卵肉魚なし)であった。第五話完

Vol.4-6

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第六話】(Day-2:July/10)チェンナイ 晴 35℃
コンファレンスの午後の部も遅れてスタートして、更に遅れがちだ。くだんの知人は用事があるからと途中で退席したが、夕食懇親会(招待客のみ)には参加すると言って出た。モチロン、直ぐに主催者の了解を得ておいた。
コンファレンスは約半時間強の遅れで無事に終了し、程なく屋上階の夕食会場に移動する。さすがに暑いので大きなデザートクーラー(水冷式屋外用冷房機)の近くのテーブル席をゲットして、早速バーでビールを注文してテーブルに集まった友人知人達と乾杯して一気に飲み干した! ビュッフェはノンベジ(非菜食)で鶏と魚料理も出た。インドのビュッフェでは通常、「ベジタリアンコーナー」と「ノンベジコーナー」に分かれていて、ノンベジでは、牛肉は提供されない。ヒンドゥー教では聖なる牛はビーフとして食さないからだ。因みにかの有名なイギリスのドライ・ジンに「ビーフイーター(牛肉喰い=近衛兵のこと)」というブランドがあるが、自分はずっと「ビーフィーター」と呼んでいて、15年程前にインドに来て初めてその意味に気付いたことを思い出す。南インドの料理は大好物なので楽しめた。焼き立てのドーサは最高!今回初めて食べた地元料理に「イディヤッパン」という米粉で作った麺のようなパンがあった。見た目はまるで素麺なのだが、食感はネチッとした蒸しパンである。当然素手でカレーにつけて食べると美味い。
さて、かのモディ首相の弟君は程なく現れて相席となった。彼とは明後日1日を過ごす予定で、宿泊の面倒も見てくれる。
ところで日本ではこの種の懇親会では必ず「乾杯の音頭」と「中締め」または「お披楽喜」の挨拶があるが、インドでは三々五々集まって始まり、三々五々退席していく。今晩、自分は地元の私立工科大学のゲストハウスに泊めて貰うことになっていたので、8時頃に早退予定だったが、遅れて来た迎えの知らせで8時半過ぎに皆においとまして退席した。第六話完

Vol.4-7

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第七話】(Day-3:July/11)チェンナイ 晴 35℃
夕べは当地の私立工科大学のゲストハウスに泊まったが、やはり色々と問題があった。先ずバスルームのゴミが捨てられていなくて、見たくないものをみてしまった。バスタオルどころかフェイスタオルもないから、シャワーは使えない。タンスにはハンガーがない。電気のコンセントが高い位置にあるので延長コードがないと充電できない、などなど。幸いWiFiは使えた。トイレの便座が完全に跳ね上がらないが、これは構造的な欠陥であることに気付いて、常に座って使用することにした。
ここのゲストハウスは外部講師などのゲスト滞在用の一軒家の建物で、一階に玄関ホール(ダイニングルーム兼用)とキッチンがあり、ベッドルームが2部屋ある。足りないものに気付いたのは使用人が帰った後で、夜10時を超えていたので無理は言えない。今朝届けてもらうようにお願いしておいたが、7時半頃に使用人が入ってきたようだが、タオルが届いたのは45分過ぎだった。ヤレヤレ、やっとシャワーを浴びられる。ハンガーは届かなかったので、女中さんに2,3本持って来てとお願いしたが、いつ届くことやら。シャワーを浴びて着替えてから軽く南インドの朝食(米粉のパン、ワダとイドリ)をとった。
午前9時から創立者と学長に挨拶して、今日の午前の特別講義に向かった。講義は3時間の持ち時間があり、当初は9時から12時までの予定であったが半時間ほど遅れて始まった。聴講生約200名のほとんどが日本語を既に学んでいるか、学びたいという意思のある学生達なので非常に反応が良かったため、つい話し過ぎたようで、終わりも更に遅れて午後1時近くになった。講義が終わっても多くの学生が近づいてきて質問や相談をしてくれたので、好評だったと言って良いだろう。
ランチはゲストハウスに戻って、南インドの定番である釜飯風のチキンビリヤニをご馳走になった。午後からは約50名の別の学生グループの前で、''Branding & Marketing for Startup''というテーマで日印関係とスタートアップについて約1時間の話をしたが、こちらは反応はイマイチであった。恐らく日本に興味を持っている学生はいなかったのかも知れない。このキャンパスには2,000人もの学生がいて約300人が日本語を学んでいるというから凄い規模である。既に日本で働いているOGOBも50名を超えるという。今後日本に来てくれる卒業生が増えることは確実だ。
しかし昔から変わらないのは人々の衛生感覚だ。ゴミや鳥などの死骸も放置されているし、砂ぼこりが舞う通学バスの駐車場を舗装していないのも、熱すぎるからかも知れない。
午後3時前に講義を終えてゲストハウスに戻るころには気温が39度辺りまで上がっていたようだ。それでも湿度は低いので直射日光を浴びなければ日本ほど辛くはない。部屋に戻るとハンガーが届いていた。今日は4時間以上喋ったので少し休憩することにした。第七話完

Vol.4-8

「インドあるある話(Vol.4) 2025年7月編 第八話】(Day-3:July/11)チェンナイ 晴 39℃
今日のチェンナイは真夏(5-6月)の熱さが戻ったようだった。自分はインドの熱さを身にしみて体験してきたので、4-6月の灼熱のインドには行かないことと、日本の蒸し暑さが際立つ7月はインドに避暑に行くことを決めているが、今日のチェンナイの熱さには期待を裏切られた思いである。夜には俄か雨が降って、ゲストハウスのバスルームで用を足していたら、天井近くの窓から雨が振り込んできたのには閉口した。その窓は年中空いていて、虫除けの為の網窓になってるが、閉めようがない。
夕食は質素なもので、ひよこ豆カレーと茹で卵、ヨーグルトにチャパティ(パン)とご飯だけ。チャパティはカレーに浸けて手で食べ、ご飯にはヨーグルトをかけてスプーンで食べた。口直しに紅茶と少し甘いビスケット、そして食後はインスタントコーヒーで締めた。。尚、大学内は飲酒はできないが、自分にとって禁酒は有り難いものだ。さもなくば休肝日を得られることは少ないからだ。
さて今回のインド出張では北東部のナガランド州を訪問するのだが、ちょうど数カ月ほど前から、同地区の一部での民族紛争の影響と思われるが、同地区への入領が制限されており、ILP (Inner Line Permit)と呼ぶ特別許可を事前に取得しなければならない。この申請は当初は現地の代理人が申請できていたが、1ヶ月程前から本人がネットで申請する事になっていて、かなり手こずった。アップロードする写真も300Kb以下に解像度を落とす必要があり、オマケに最後にはパスポートのライブ撮影をアップロードしなければ受理されない。モタモタしていると申請画面が消されて、振り出しに戻ってやり直しとなった。日本からの長旅の後で、9日の深夜2時間ほどかけて何とか登録を済ませたが、2日後の今日午後に承認されたのでホッとした。次に手数料(300ルピー=約550円)の支払いが必要だが、これも簡単ではない。クレジットカード決済では日本の携帯番号に認証コードが届くが、インドでは国際ローミングになるので日本の携帯番号は使用していない。インドの銀行口座決済は可能だが、インドの携帯番号を替えてから銀行に登録していないため認証コードが届かないから完了できないのだ。結局は今回ナガランド州での特別講義をコーディネートされて自分を招聘してくれた、AOTS(海外産業人材育成協会)ニューデリー事務所に支払ってもらって、無事に入領許可証を受け取った。後は現地空港到着時にステッカー入領Visaを貼ってもらうだけだ、ヤレヤレ。第八話完

Vol.4-9

「インドあるある話(Vol.4) 2025年7月編 第九話】(Day-4:July/12)チェンナイ 晴 34℃
今朝大学のゲストハウスをチェックアウトして今日の打ち合わせ場所に着くと、例のモディ首相の弟君が出迎えてくれた。同君の実弟がやっている美容専門学校を視察したあと、インドでは初めてという男性専用美容院なるところに案内されて、ヘアーカットをしてもらうことになった。ちょうど髪の毛が伸びすぎていたのでラッキー!!。
そのヘアサロンは確かにユニークで、これまでインドでは見たことのない豪華なサロンである。日本に有ってもおかしくないモダンでお洒落な内装だが、さすがにスペースが広い。インドらしいと思ったのは、ヘアーカットの個室があることだ。きっと高いに違いない。ここではカットとパーマ以外に、レフソロジーやヘッドマッサージなどもある。通常のヘアーカットのみなら2,000円しない。次回はヘッドオイルマッサージを受けたいものだ。インドの新しいトレンドになるかもしれない。第九話完

Vol.4-10

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第十話】(Day-4:July/12)チェンナイ 晴 35℃
午後、モディ首相の弟君(もういい加減に本名で呼ぶことにしよう、アショックさん)の仲間グループとの面談では、8月後半のAYUSH(インドの伝統医学の総称)関連イベントへの招待を受けた。その集まりにはアショックさんと自分の共通の友人(その人を通してアショックさんと知り合うことになった)も呼ばれていて再会を喜び合った。インドでは著名な人の呼びかけで複数の他人が一堂に会することが本当に多い。そのお蔭で多くの人と知り合うことができるのである。
その会合の後、チェンナイでは老舗のホテルにチェックイン。午後6時にアショックさんが別の仲間2人とホテルに来てくれてバーで面談する事になった。お連れの一人は自分に合わせてビールを頼もうとしていたが、アショックさんが飲まないので遠慮して飲まなかったようだ、あるある。
仕事の話とは別に、自分のインドの携帯番号が使えなくなって困っていることを話したら、お連れの一人のタルンさんが、明日、日曜日だが、面倒を見てくれることになった。初対面の人だが、これは大変有り難いことだ。自分だけ「90分ビール飲み放題」を注文していたのだが、前2泊は禁酒だったせいもあってか、中ジョッキで何杯か飲んだようだ。アショックさんら同席者達は自分の飲みっぷりに呆れていたことだろう。部屋に戻るとバタキューとなった。ちょっと反省。
第十話完。

Vol.4-11

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第十一話】(Day-5:July/13)チェンナイ 晴 35℃
昨晩知り合ったタルンさんが、朝9時半にホテルに来てくれて、早速自分の携帯電話会社(JIO)に電話で問い合わせてくれた。それによると、インドの携帯番号はプリペイドSIMだが、3ヶ月未使用状態(リチャージしていない)になると自動的に使用停止されるそうだ。それを復旧させるには、そのSIMを購入した州の電話会社に行って手続きをする必要があるという。自分のSIMはカルナタカ州のベンガルールで購入していたが、今回の出張では同州に立ち寄る計画は無い。結論として、別の新しいSIMを買うことにした。ところが、タルンさんがホテルのフロントに訊いてくれたところ、日曜日で携帯電話会社はどこも閉まっているかもという。タルンさんがともかく行ってみようと言ってくれて、彼の車で店を探して回ったが、どうやら開いていないようだ。ともあれ、休日の朝に1時間以上も自分の困りごとに親身になってくれたことに感謝である。この時点で初対面の知人が友人に格上げとなった事は、言うまでも無い。こうしてインドの友人が増えていく。
ホテルをチェックアウトして、ホテル内のレストランでランチの後、メールチェックしていたら出遅れてしまい、オート3輪タクシーで空港に着いた時にはもう搭乗時間になっていた。何とか最終搭乗には間に合い、第二の目的地であるコインバトールに飛んだ。
第十一話完

Vol.4-12

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第十一話】(Day-6:July/14)コインバトール 晴 24℃
昨夜、コインバトール空港に定刻より早く(流石はインドNo.1のIndigo航空!!)午後6時過ぎに到着し、6時半には当地に住む日本人女性パートナーの出迎えを受けた。驚いたのは気温が低いことだ。25℃程度か、湿度も低く居心地が良い。ここコインバトールは高地のため気候は年中穏やかだそうだ。
インド人と結婚され当地に移住されて10年以上とのこと。ご主人とハーフの2人のお子さん達と4人で出迎えてくれた。ホテルのチェックインを終えて一緒に夕食を取りながら、初対面のご主人と互いを紹介し合いながら話を進めると、なんと共通の日本の知人がいることが分かったのと、彼は長年アパレル業界で仕事をしており、自分が3月からアドバイザーをしている同業界の会社についても良く知っていたのである。南インド料理を堪能しながら、今後の各方面での相互協力を約束した。
今朝は午前6時に迎えの車が来て、セーラムという町まで移動し、著名な大学を訪問して特別講義をさせてもらうことになっている。ここのホテルは中クラスだが、部屋にはアイロンが設置されているし、ランドリーサービスは当日仕上げなので助かる。ドライバーは午前5時45分に到着していた。自分はすっかりインド化していて10分遅れてホテルを出発した。気温は24℃でエアコンは掛けず、窓を開けると涼しい風が入ってくる。先月末に訪問した信州諏訪市の朝を思い出させてくれる。第十二話完

Vol.4-13

「インドあるある話(Vol.4)2025年7月編 第十三話】(Day-6:July/14)セーラム 晴 35℃
車で約2時間半でセーラム市のSona College of Technologyに午前9時前に到着。コインバトールの高地から平地に下りて来たので暑いが湿度が低いので辛くない。日本語教師が出迎えてくれて、大学の来賓食堂で朝食を済ませて学長にご挨拶。今回の訪問目的と自己紹介をして、直近の特別講義のアレンジに謝意を表明。約250名の学生を対象に、講義はいつもと同じ ''Opportunities for Indian Youth with Japan''で約1時間の話と活発なQ&Aで盛り上がった。講義の後の記念撮影にも多くの聴講生が参加して二組に分けて2度行った。更に個別のグループでも撮影希望があったが、これはどこでもあるある。学長先生も前半だけ臨席されたが満足されたようで、来月インドに来ることがあれば新入生にも講義をして欲しいとお誘いがあった。今後の連携もお約束した。
ランチは特別料理で、バナナの葉の上に料理をサーブされる南インドの典型的スタイルだ。美味しくいただいて満腹。コインバトールへの帰路についた。第十三話完

Vol.4-14

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第十四話】(Day-6:July/14)セーラム 晴 35℃
今回初の試みで、日本語を学んでいる学生数名に各位の名前を日本語(カタカナ)と英語で書いてもらった。それは自分の仮説を証明するためであった。その仮説とは、インド人の教師に教わっているだけだと、どうしても正確に文字を書けていないのではないか、というものである。
例えば、「ツ」と「シ」、「ク」と「ワ」、「ソ」と「ン」と「リ」、「カ」と「ヤ」の区別ができていなかったり、濁音の「゛」が漏れていたりである。
今回の検証では8人中全く問題なく書けている学生は一人もいなかった。このことは、カタカナという日本語の表記文字としては最も単純であるにも拘らず、正しく丁寧に教えられていないことが窺える。インドでは何事もキッチリする事をトレーニングされていないのではないかと思えるのだ。少なくとも、インド人の名前のカタカナ表記は、日本人に正しく覚えてもらうために必須であるから、名前ぐらいは正確に書けないと困るのは本人である。
自分は常々言っているが、日本語学習者には先ず「カタカナ」から教えるべきだと。自分の名前や家族の名前、出身地名が書けるようになることは嬉しいはずで、速く覚えようとするに違いないからだ。第十四話完

Vol.4-15

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第十五話】(Day-6:July/14)セーラム 晴 35℃
第十一話でインドの携帯電話番号が使えない悩みを書いたが、昨晩当地のパートナー家族にその話をしたら、インド人のご主人がつい数日前に仕事用に新しいSIMを購入してまだ使っていないので、それを使えば解決するということで、お言葉に甘えることにした。何というタイミングであろうか!! まるで自分のために用意してくれていたような不思議なご縁である。今晩の夕食会でパートナーからSIMを受け取り、ホテルに戻って早速入れ替えようと試みたが、何故か今装填しているSIMが上手く取り出せず、何度かトライしたが諦めた。携帯の店で交換してもらう他はない。何ごともスムーズにには行かないものである。第十五話完

Vol.4-16

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第十六話】(Day-7:July/15)コインバトール 晴 25℃
今朝は久し振りにフルメニューの朝食を堪能した。インド料理で欠かせないのはスパイスだが、もう一つ重要なのはヨーグルトである。今朝はフレッシュフルーツにヨーグルトをかけて食べるのとは別に、ヨーグルト掛けご飯が用意してあって試してみると美味かった!今朝は野菜をたっぷり食べることができた。インドに来て早一週間が経過したが、体調はすこぶる調子が良く、食欲は旺盛だしお腹も一度も壊していない。久し振りの本場の南インド料理が本当に美味しいのである。
異国の地で気持ち良く過ごすには最低3つの条件があると思う。①に安全、②に人(との相性)、そして③は食べ物である。これらの3つの条件が揃っていないと長くは居られないものだ。気候もその条件に加えられるが、慣れるものなので大した問題ではない。
今日は当地の工科大学を訪問して、特別講義と折り紙のワークショップを実施した。講義には約200名が、ワークショップには日本語を学ぶ約50名が参加した。今回も質問も多く好評であったようだ。
大学を後にして空港に向かう途中で、携帯ショップに立ち寄り、懸案のSIMカード交換を無料でしてもらうことができたが、入れ換えた新しいSIMでスマホを再起動したが何故か電話がかけられない。既にアクティベート(初期設定)してあると聞いていたが、どうしたことか。先ずはSIMの交換ができてホッとした。空港に到着して今回の唯一のビジネスクラスでデリー行きAI便にチェックインを済ませ、ラウンジに向かう前にふとシャツのお店に立ち寄ってみると、インド風の気に入ったカジュアルシャツを見つけたので2枚衝動買いした。
実は自分は着るものの衝動買いが特に旅行中に多いのだが、気に入ったものを見つけたら、今買っておかないと2度と見つからないのは当然としても、目に止まった服が自分を待っていてくれたように錯覚しているからに他ならないのだが、なんとも悪しき浪費癖ではある。第十六話完

Vol.4-17

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第十七話】(Day-7:July/15)コインバトール 晴 30℃
この日訪問したSri Eshwar College of Enginerringでは、先ず到着の際に出迎えてくれたのが、なんとドローンにぶら下がった歓迎のバナーであった。いつものようにフラワーブーケや首飾り、ショールなどで経営者はじめ多くの学生が出迎えてくれた。これはインドらしいホスピタリティである。
幹部との面談の後、ボードルームのスクリーン上に6つのポスター画像が映し出された。学生が自由に日本のイメージを描いたもので、我々3人の来賓にこの中から3名の優秀者を選別して欲しいと頼まれ、3人で協議の上で上位3作品を決めた。次に案内されたのラボで、そこには8つのグループが作成した折り紙の展示があり、そこでも上位3グループを選抜した。
メインホールでのイベントでは南インドの伝統舞踊バラタナティアムの演舞の後、自分の特別講義の出番となった。先に選別した画像ポスターと折り紙の優秀者の表彰も行われた。講義の後には女子学生2人による自分へのインタビューの録画まであった。ことほど左様にインドの大学を訪問すると予期せぬ数々のイベントを用意してくれていることに驚かされることが多いものだ。第十七話完

Vol.4-18

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第十八話】(Day-7:July/15)ニューデリー 晴 35℃
コインバトールからAir Indiaのビジネスクラスでニューデリーに戻ってきた。夜の10時30分になるが、やはり蒸し暑い。空港近くのAero Cityには多くのホテルが立ち並んでいるが、一つ面白いホテルがある。Lemontree Hotel PremiumとRed Fox Hotelという2つのホテルが合体しているものだ。
Lemontreeは普通の四星ビジネスホテルだが、併設されているRed Foxはバジェット(割安)ホテルで、フロントもロビーも小さく、レストランはあるがアルコールは出さない。つまり高額のリカーライセンスを取得していないのだ。それでもRed Foxのレストランの奥からLemontreeのレストランに通じる通路があって、そこではアルコールも飲めるという仕組みである。これは非常に良く考えたビジネスモデルである。インド人にはイスラム教徒以外にもアルコールを飲まないヒンドゥー教徒も居るので、ニーズにぴったりマッチしている、マーケティング戦略の好事例と言えよう。もう既にこのモデルは他の地域でも展開しているようだ。
11時半にLemontreeのレストランに入ったらラストオーダーは11:45というので、ビール2本とツマミ一品(マサラピーナッツ)を注文した。今日もお疲れ様でした! 第十八話完

Vol.4-19

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第十九話】(Day-8:July/16)ニューデリー 晴 32℃
今朝の朝食は不味かった! やはり相対的に南インドの料理の方が自分には美味しく感じる。
今日は北東インドのナガランド州に移動するが、デリー空港のターミナル1が全面的にリノベーションされていて、すっかり先端の国際空港に生まれ変わっていることに驚かされた。15年前のこのターミナルは旧態依然としたものであったが、その面影は当たり前だがどこにも見当たらない。インドの発展を象徴する景色である。
さていつものように今日もIndiGo便は定刻より少し早くデリー空港を出発したかに見えたが、ゲートを離れて直ぐに動かなくなり、30分を経過した頃機内アナウンスでテクニカルトラブルのためにゲートに戻ると言う。ゲートには地上エンジニア3人が待機していて、機内前方の天井部分や前方ドアの開閉をしながら何やら検査を始めた。何事かは分からないが、何度も同じ事を繰り返しているようなので、これはひょっとして飛ばないかも知れないと思い、一緒に行動するAOTS(海外産業人材育成協会)の職員2名と、万が一この便が飛ばなかったら他に方法がないかを話し始めた。その時点で午後1時を回っていたが、今晩の遅い便でグワハティに飛べば、翌朝の便で目的地のディマプール空港に到着できることを確認した。そう話をしていたら、程なく地上エンジニア達は降機したようで、機内アナウンスでまもなく出発するとあった。ヤレヤレ、先日のエア・インディアの事故の記憶がまだ残っている中、機内の誰もが大きな不安を持っていたことだろう。約1時間の遅れて出発したIndiGo便は2時間半のフライトを無事に終えて、午後4時半ちょうどに目的地のディマプール空港に安着した! これがアメリカならきっとランディングと同時に乗客の拍手が湧いたことだろうが、インドの乗客は意外と大人しかった。第十九話完

Vol.4-20

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第二十話】(Day-8:July/16)コヒマ 晴 22℃
インド北東地区に来るといつも感じることは、ここはインドとはいえ全く違う別の文化圏だということだ。空港に降り立った瞬間から、乗客や空港のスタッフの顔ぶれが、東アジアと同じであり、自分もその中に溶け込んでしまうのを感じる。空港内の外国人登録カウンターで入領登録を済ませて、ここから車で約2時間、標高約300mの盆地から1400mの高地に移動した。山道の所々に土砂崩れの形跡があり、修復工事しているところも散見された。ディマプール空港はナガランド州の南西、北隣のアッサム州との州境に位置する。そこから州都のコヒマに向かったが、山道を上るに従い気温が下がっていくのが体感できる。道はほぼ舗装されているが、大雨で削られた悪路もあり、デコボコ道で相当揺れるので眠ることもできないから、この2時間のドライブはかなり疲れる。
同行しているAOTSの一人は当地出身ということで、色々ナガランド州のことを聞いた。先ずは生活時間帯が全く違うという。朝は午前4時に起きて4時半頃軽い朝食を摂る。重いランチは
午前8時か9時頃に摂り、夕食も午後4時頃、そして就寝は遅くても午後8時までという。当地はインドの東の端に位置するため、日の出も日没も早いからそうなるのだそうな。確かにインドの東西の両端では1時間の時差があってしかるべきだ。(首都ニューデリーがちょうど真ん中にあるので0.5時間の時差となる為、日本との時差は3.5時間) ようやく午後7時に山岳地の目的コヒマ(標高1,444m)のホテルに到着して一息ついた。ホテルの様相もインドとは異なるいわゆるアジアンテイストで、異国情緒に溢れている。夕食は7時半からチリの入ったピリ辛の豚の角煮風料理と、魚と筍の煮付けを白いご飯に混ぜて美味しく食べた。もちろんビールも欠かせない。
今日は一時はデリーから飛べるのか、今日中に辿り着けるのか不安がよぎったが、長い一日を無事に過ごせた事に感謝である。第二十話完

Vol.4-21

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第二十一話】(Day-9:July/17)コヒマ 曇18℃
北東インドのナガランド州コヒマのリゾートホテルに滞在して2日目の朝を清々しく迎えた。午前7時で気温は18℃と涼しい。朝食はは簡単なものだ。小麦粉の生地で作ったパラタというパン(インド中で食べているもの)と目玉焼きだけ。物足りないので追加でフルーツとコーヒーを注文した。当地の独特の朝食は無いという。
今日は当地の理科系大学でのJEC (Japan Endowed Course)という日本政府による寄付講座の講師として3時間の特別講義をしてきます。
当地コヒマは、かの「インパール作戦」の舞台で、「白骨街道」の出発点でもあり、日本人の自分としては特別な感傷を抱く町でもある。 https://share.google/Ji8II6s5ijwhUt9vi
今日は今回インドに来て初めての曇り空で、雨が降る可能性がある。当地の雨は集中豪雨になるため、山道は要注意だ。どういう一日が待っているのか楽しみだ。 第二十一話完

Vol.4-22

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第二十二話】(Day-9:July/17)コヒマ 曇18℃
今日はナガランド州立科学大学でのJEC講義であった。コヒマ市内の山間部を更に登った標高1600m超の高地にある、古い建物である。日本の最高地にある長野県の信州大学は標高770mなので、ここは段違いの高地である。この日は別のイベントが重なっていたようで、学長先生はご挨拶もそこそこにイベントに出て行かれたが、最後には少しお話ができた。自分は先日長野県諏訪市を訪問した際に信州大学との繋がりができていたので、帰国したらこの大学と信州大学の交流を模索したいと思うと学長に伝えた。
講義は午前と午後の2部に分けて実施し、前半は「インドと日本」について、過去から未来への展望を語り、日印両国が最強のパートナーになることを訴えた。ランチではここでもベジタリアンとノン・ベジタリアンの両方が用意されていた。ナガランド州はほとんどがキリスト教徒であることから、ベジタリアンが居るとは意外であった。午後の後半では「日本のモノづくり」について「5S、Kaizen、3M」のキーワードを説明し、折り紙を使って日本のモノづくりの基本となるポイントを体感してもらった。講義の最後にインドの若者にとっての「日本での教育と就職の機会」について話をした。質疑では数人の学生から質問が上がったのと、講義の後で数人が近寄ってきて個別に関心を示してくれたので、印象としてこれまで日本についての関心が低かったようだが、今回の講義で一気に興味と関心が高まったと思われた。この日の最後には同州の高等教育省のプロジェクト局長を表敬訪問し、今後の連携について話をした。
コヒマは、あの「インパール作戦」の舞台であり、日本との関係も深く、この大学には(一社)日本戦没者遺骨収集推進協会(JARRWC)や香川県(戦没者の派遣元)との交流があるということを知った。また、昨年5月には戦没者を追悼する「記念碑」が鈴木日本大使によって落成式が執り行われている。
https://share.google/gCzanYQ1LMqvtWFiW
「インパール作戦」の主戦場となったお隣のマニプール州インパールには2019年6月に「インパール平和資料館」が日本政府と日本財団によって設立されている。このように当地域と日本の関係は非常に深いものがあるのだが、日本では余り知られていない。この地域との交流を深めることは大変意義のあることだと思っているので、大学間交流や人材教育と日本への誘致など、自分としてできることをやっていきたいと決意を新たにした。第二十二話完

Vol.4-23

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第二十三話】(Day-9:July/17)コヒマ 曇18℃
この日はずっと曇り空が続いていて、アプリでは豪雨と出ていたが、雨は降らなかった。アプリが当てにならないのはどこも同じである。別の予報では明日の午後は降雨確率が5割とあったので、明日の当地出発を少し早めて降雨の前に平地のディマプールに下りることとした。ホテルには朝食をテイクアウトできるよう頼んだ。
今晩の夕食は「トゥクパ」と呼ばれるチベット風ラーメンを特別に作ってもらったが、汁が少なかったのと、麺が今ひとつコシが無い。メニューには無いものだから贅沢は言えない。麺類と言えばインドでは中華風焼きそばしかなく、汁物は日本のラーメン以外には無くて滅多に食べられないのだが、北東部ではチベットの影響なのか、「トゥクパ」はここにもあったのだ。やはり日本人にはラーメンは欠かせない!! 第二十三話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第二十四話】(Day-10:July/18)ディマプール 晴30℃
今朝7時過ぎにコヒマのホテルを出発して車内で朝食を食べながら約1時間半で下山した。標高1444mのコヒマ高地は22℃だったが、目的地のディマプールは標高170mで気温は30℃だ。コヒマの街並みは山岳地特有の景色である。改めて平地との温度差に驚かされる。これもインドの多様性と格差と言えるかも知れない。
早く着いたのでホテルはまだチェックインできず、開いていないレストランを交渉して開けてもらって、軽食を取りながら、しばらくメールチェックしていると、1時間ほど経過したところで部屋に入れるという連絡が届き、午前10時過ぎにチェックインした。(リゾートホテルなので通常は12時) ここは本格的なリゾートホテルで、広大な敷地に湖があり、コテージに泊まる。各種のアトラクションがある。
Noune Resort https://g.co/kgs/zqW7z1e

それにしても、かの「インパール作戦」において、兵站が不足していながら、この1,400mを超える高地まで行軍した日本軍の勇気と忍耐には、本当に頭が下がるどころではなく、衝撃を受けたものだ。第二十四話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第二十五話】(Day-10:July/18)ディマプール 晴時々曇29℃
午後からインド全国にある専門学校NIITグループ傘下の当地の大学でJEC講義をした。既にインドでは夏休みに入っているのだが、約100名の学生のほとんどがランチを挟んで最後まで聴講してくれた。学長が感心してくれたのは、通常はランチを挟むと後半は聴講生が減ってしまうが、今回はほとんどの学生が最後まで参加し、記念撮影や個別ショットも多かったことだ。今回も当地の学生に強いインパクトを与えることができたようだ。辛かったのは講演の会場ではエアコンが無く、大きなプロペラのような天井扇が勢いよく回っていてやかましかったので、弱くしてもらうよう頼んだら、故障なのかスピード調整ができず止まってしまって、暑くて汗をかきながらいつものハイギア+フルスロットルで話をしたので非常に疲れた。講義終了後、エアコンの効いた応接室で早い夕食(ベジタリアン)を摂りながら学長や来賓の外部の教育者と話をした。食後におイトマする予定であったが、すぐ近くのジャイナ教寺院に案内してくれるという。インドでは人口の1%以下のマイナーな宗教ではあるが、最も戒律の厳しい宗教としてインドではよく知られている。今までにジャイナ教寺院に入ったことがなかったので楽しみだ。
https://morungexpress.com/workshop-on-working-in-japan-held-in-dimapur#:~:text=DIMAPUR%2C%20JULY%2018%20(MExN)%3A,on%20%E2%80%9CPreparing%20for%20Working%20in
第二十五話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第二十六話】(Day-10:July/18)ディマプール 晴時々曇29℃
講義をした大学の理事長に案内されたジャイナ教寺院に着いて靴と靴下を脱いで入ると、そこは2階建ての建物で、メインホール(参詣場)があり、奥に2つの個室があって、それぞれに僧侶が居て参拝者を迎え入れていた。上級の僧侶はなんと全裸であぐらをかいて鎮座されている。信者や来訪者との会話はできるようだ。このレベルの僧侶になると、どこに旅するのも裸足で徒歩のみ、あらゆる交通手段は禁止だそうだ。もう1人の下級僧侶は腰に布を巻いているだけだが、飛行機にも乗れるらしい。
ジャイナ教は仏教の発生とほぼ同時期と非常に長い歴史があるが、その教えはいつの時代も変わらない。「不殺生」は生きとし生けるもの全てが対象であり植物も対象になるから、根野菜は食べない。ジャガイモもニンジンも大根もだ。蟻一匹すら踏み殺してはいけないとされる。「非所有」は着るものすら持ってはいけないそうだ。程なくして、僧侶がメインホールに全裸で現れて祝詞を唱え始めると、集まっていた信者達も合わせて唱えているようだ。理事長が2階と屋上を案内してくれたが、これまでの自分の経験(ヒンドゥー教、イスラム教、シーク教などの寺院)では見たことのない景色と宇宙観が漂っていた。明らかにパワースポットである。ナガランド州はキリスト教徒の比率が最も高い州として知られているので、まさかこの地で初めてジャイナ教寺院に足を運ぶことになろうとは、全く予期しなかった。これこそ、インドあるあると言えよう。だからインドは面白く飽きないのである。第二十六話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第二十七話】(Day-11:July/19)コルカタ 晴時々曇32℃
今朝ディマプールから出発し、コルカタ(元カルカッタ)空港に移動した。今回もInDigo便(LCC)で乗り継いでムンバイに向かうことになる。InDigoの素晴らしさは以前にも書いたのだが、この「インドあるある話」を今回初めて読まれている方のために、もう一度少し深掘りして書くことにしよう。同社は就航して丸18年目であるが、何年前からかは知らないがインドで業界最大手になった。IndiGoは現在、国内線94都市と国際線も98都市に飛ばすようになり、毎日2,200便以上飛ばしているというから世界有数の航空会社に成長しているに違いない。
その背景には過去メジャーであったキングフィッシャー・エアラインとジェットエアウェイズの経営不振による撤退と、国営航空会社のエア・インディアのサービスの相対的低下と、相次ぐ不祥事(事故や従業員ストなど)により利用者離れが加速していったからに他ならない。かつてインドの航空会社と言えば「遅れて当たり前」だったのが、IndiGoが定刻通りに運航することを徹底し、それを差別化戦略の柱に置いた「IndiGo Time」を前面に打ち出したことで、利用者の支持を一気に広げた。また、当時はLCCが業界で流行り始めた時期とも重なるように思う。IndiGoが最も注目を浴びたのが写真にある独特のボーディングブリッジ(タラップ)である。LCCだからほとんどの空港でゲート直結のブリッジを使うことがなかった時代に独自に創出された、IndiGoならではのものだ。それまでは、いや現在でもタラップと言えば階段を昇り降りするのが常識であるが、IndiGoは乗客の便宜と効率を重視した、常識を覆すタラップを創り上げたわけである。これにより車椅子で機内の座席までまで乗客を届けられるし、キャリーバッグを転がしながら昇降できるようになったのである。しかもIndiGoの使用機材はエアバスA300シリーズのみであり、その機材専用に設計したものだ。過去40年以上に亘り数百回も航空機で旅行をしてきたが、自分が15年ほど前に初めてIndiGoに搭乗した時の衝撃と感動は忘れられない。これぞインドが生んだイノベーションと言えよう。第二十七話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第二十八話】(Day-11:July/19)ムンバイ 晴時々曇29℃
定刻より早くムンバイ空港に着き、通常なら携帯でアプリを使ってUberタクシーを利用するのだが、今回は携帯電話の新しいSIMがまだ使えていないので、久し振りにローカルのプリペイドタクシー(定額前払い)に乗ったのだが、指定された乗り場に向かうと、昔と変わらない光景が飛び込んできた。
先ず乗り場の手前で1人の男が声をかけてくる。その男はタクシー会社のユニフォームを着ていないので、相手が何者なのか怪しいから無視して乗り場に着いたら、その男が追いかけて来て、「その紙をよこせ。俺がここのボスだ。どこまで行く?」と聞いてきたので、予約伝票を渡して「サンタクルス」と言うと、ドライバーが数人呼ばれて寄ってきて、「誰が行く?」とローカル言語(マラーティー語)で聞いているようだ。その時、別の乗客が来てボスが予約伝票を受け取ると、「こっちは誰だ?」てな感じである。
行き先が近いとドライバーの手取りが少ないので、誰も引き受けようとしないのであるある!! 結局自分より後に来た乗客の方が先にドライバーの車に移動し、残っているドライバーの一人が自分の行き先に指名され、やっと車に乗り込んだ。ドライバーに行き先を告げると、彼は携帯のマップアプリを見せ、「行き先をインプットしてくれ」と言うので、インプットしたら「ティーケー(了解)」と言って走り出した。乗客にインプットさせるとは何事か、と日本なら思うところだが、マルチ言語のインドではドライバーが必ずしも英語を正しく聞き取れるか怪しいし、こっちの英語も怪しいことがあるので、この方が確実に目的地に着けるのだ。約30分で無事にホテルに着いた。
ここは割安のアパートホテルで、一般住宅用のアパートを部屋貸ししている。チェックインを済ませて部屋に入ると、ホール(LDK)は広くてキレイで快適そうだし、ベッドルームも結構広く、クローゼットもデスクも大き目である。エアコンもしっかり効いている。これはコスパが高いと思っていたら、「バタン!!」と音がして人の話し声が聴こえたので、何事かとベッドルームのドアを開けると、ホールの向かいのドアからインド人の若いカップルが出てきたところで、「あなた方はその部屋を借りてるの!?」と聞くと、「Yes!!」。そうか、ここはルームシェアのアパートホテルだったのか!! ホールは共有になっているから安かったのだと納得した。確かによく見るとベッドルームのドアに部屋番号が書いてあるし、部屋の中に「鍵カード差し」があるではないか!。通常この種のアパートホテルは家族連れが利用することが多いため、2BHK(2LDKのこと)や3BHKのアパートを借りるのだが、一つのアパートの中のルームシェアもあることを忘れていた。アパートに入ったときに向かいの部屋のドアにも気付かなかったのだ。ここはレストランは無いが、食事はルームサービス(家庭料理)が利用できる。アルコール飲料は無いと言うので、「近くにリカーショップはあるか?」と聞くとあると言う。取り敢えずビールを直ぐに飲みたいので、荷物を運んでくれたボーイに買ってきてもらうことにした。こういう時、レセプションに言えば大概やってくれる。但しチップは弾まねばならない、レセプションの取り分もあるからだ。20分程経ってビールが届いたが、缶を頼んだのに、大瓶(650ml)であったが、ボーイは気を利かせて量が多い瓶にしたのか、はたまた500ml缶が無かったのか、マァ良いわ。またも栓抜きが見つからないので、例によってスプーンでこじ開けて、「今日もお疲れ様でした!」第二十八話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第二十九話】(Day-12:July/20)ムンバイ 雨29℃
当地ムンバイは低地のため集中豪雨による洪水と床上浸水が起きることがあるが、そもそもインド人には雨は神の恵みであり、このような災害も神の仕業と達観しているのか、対策を講じているようには全く見えない。
さて、ここアパートホテルをチェックアウトして今夕日本からの出張者を迎える別のホテルに移動するのだが、少し前から雨が降り出した。しばらく強く降ったが、程なく小降りになったのでタクシーを呼んでもらった。
チェックアウトの直前に冷蔵庫にビールを入れてあったことを思い出し、開けてみると何も残っていない! 隣室の客のものと思われる卵やバターも無くなっていた。自分の方が先にチェックアウトしてビールを置き忘れていると思ったのか、そうなら部屋をノックしてくれそうなものだが、そうでないとしても、インド人は割と罪の意識が無いものであることを自分はよく知っているので、心が痛むことはない。但し、レセプションマネジャーには伝えておいた。
タクシーが次のホテルに着くと、ドライバーは「300ルピー払って」と言ったので、高いなぁと思って携帯のアプリを見せてもらうと、209ルピーと表示されているではないか。ヤッパリ油断も隙もないのである。210払って降りた。今度のホテルはごく普通の3星ホテルである。何も問題がないことを祈るしかない。第二十九話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第三十話】(Day-12:July/20)ムンバイ 雨29℃
ムンバイは雨である。気温も29℃で過ごしやすい。ほぼ1日の気温の差が無く一定しているのが特徴だ。大雨で浸水がないことを祈る。
午後ホテルで当地の知人との面談の後、別のビジネスパートナーともホテルで再会し、彼の車でムンバイ空港に出向いた。この日から自分が非常勤アドバイザーとしてインドへの進出のお手伝いをしている東京の化学産業の有力企業からの出張者を6日間アテンドする。ムンバイ空港で出迎え、ホテルにチェックインして少し後に夕食に向かった。当初はお酒が飲めるレストランに行こうとパートナーは考えていたようだが、若干遠いという。彼曰くホテルの直ぐ近くに美味しくて超人気のシーフードレストランがあるが、お酒は飲めない(リカーライセンス無し)と言うので、それならその店の近くのバーでビール一杯飲んでから行こうと言うことに。バーで半時間ほどビール2本を飲みながら出張者とパートナーとの話が弾んだ。レストランに着くと沢山の人が順番を待っている。どうやら今日は日曜日でかつ宗教上の理由で明日から30日間肉や魚が食べられないから混んでいるらしい。ここのオーナーはパートナーの知り合いとのことで、いきなりオーナーに紹介され挨拶した。これもインドあるある。
ここではテーブルにつくと「今日の鮮魚」を大きなトレイに盛って見せてくれる。大きな蟹は動いている。伊勢海老、大エビ、ポンフレット、ボンベイダックなど、美味しそうな鮮魚である。蟹と伊勢海老以外で注文した。インドは圧倒的に揚げ物が多いが、今日はポンフレットの煮付けを初めて賞味して感動した。ピリ辛の煮汁はローティというパンを浸けても美味いのである。ここに冷えた白ワインがあれば最高! 大いに堪能して大満足。パートナーはホテルに持ち帰って飲んでとウイスキーとラム酒小瓶を買ってきてくれた。非常に気の利く良い友人である。第三十話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第三十一話】(Day-13:July/21)ムンバイ 雨29℃
今日のムンバイも雨である。一つ目の面談は日系大手銀行のムンバイ支店で、ムンバイの南の商業地区にある20階建ての高層ビルの17階であった。ホテルにハイヤー(貸切タクシー)を8時半に予約していたら、8時34分に到着した。ドライバー曰く、「オンタイムだろ!!」ここで「4分遅刻だよ」、と野暮なことは言わない。インド人には5分程度の遅れは全く遅刻にはならないからだ。
銀行との面談を終えて出る前にトイレを借りたら、あるある!! ウォシュレットが設置されていた。日本人には有り難い。しかし、考えてみるとインドは水洗式になる前の昔から、水で洗うことが当たり前になっている。しかもペーパーは使わないのだから、エコそのものだ。どこでもトイレのすぐ横に水道水の小さなシャワーが右側に設置されていて、右手でシャワー口にあるレバーを握るといきおいよく水が出て
洗浄する仕組みである。その時に左手を使うので、不浄の手とされる。
1973年に起きた第一次オイルショックで日本はトイレットペーパー買い占めというパニックに陥った。インドでは無縁のことであったろう。日本人がSDGsに真剣に貢献したいなら、ウォシュレットがこれだけ普及したのだから、トイレットペーパーを廃止することから始めてはどうかと思う。濡れたところはタオルやハンカチで拭えば良いだけのことなのだ。 第三十一話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第三十二話】(Day-13:July/21)ムンバイ 雨29℃
2つ目の面談はインド政府のInvest Indiaで、実は2日前の土曜日にアポを申し入れて、昨日確定したものだ。去る3月に連絡を取っていたが、都合が合わず面談が実現しなかった相手である。事情を伝えて面談を要請したら、週末明けの今日のアポが確定した。その面談の場所も今朝に決めて連絡を取り合った。こんなことが実現するのも、インドあるあるであるある。非常に有益な情報を得ることができたし、今後の連携も約束した。その後、JETROムンバイ事務所に出向き、面談をした。同事務所のインド人のベテラン職員は昨日からお世話になっている当地のパートナーと旧知ということだったが、約10年前に自分とプネのコンファレンスで会っていると言ってくれた。自分は記憶に無かったが何と有り難いことか!! 同氏の奥様もJETRO職員で日本語が堪能と聞いたので、帰る間際に呼んでもらってご挨拶し、和風の京小物をお土産にプレゼントした。
その後、近くのレストバー(お酒が飲めるレストラン)で、昨日ホテルで会っていたインド人の知人2人に来てもらい、出張者に紹介して今後の協力を求めた。その面談結果、金曜日に化学産業専門の工業団地を視察することになった。ということで今日の面談はどれも非常に有意義なものとなった。
気分良くホテルに戻り、夕べ半分呑み残していたインド製ラム酒(1/4ボトル)を飲み干し、呑み足りないのでレストランで白ワインとメキシカンサラダを注文して、お代わりして、更にインド製ブランデーを久し振りに楽しんだ。今日も飲み過ぎお疲れ様に乾杯!!! 第三十二話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第三十三話】(Day-14:July/22)ムンバイ 雨のち曇29℃
今朝、ホテルで面談を予定していた当地の友人から昨夜連絡があって、母親の体調が良くないので出掛けられないとのことで面談はキャンセルされた。また、別の友人から午前9時に電話をもらう予定であったが、9時15分になっても掛かってこないので督促したら5分後に掛かってきた。
ホテルをチェックアウトして、今朝はプネまで車で約3時間の長距離移動である。10時に予約してあったタクシーは10時10分に到着。パートナーがホテルまで見送りに来てくれた。ホテルを出て程なくして雨は止んで少し晴れ間も出てきた。少しするとドライバーが何やらパリパリと音を立ててスナックを食べ始めた。その後ドライバーに電話が掛かってきたが、スピーカーホンなのでこちらまで会話が聞こえてくる。幹線道路から外れたかなと思っていたら、断りもなくガススタンドで給油(液化天然ガス)することに。
ことほど左様に、インドでは万事自分の都合が最優先なので、乗客であっても他人は二の次なのである。だから普通の道路でも交通ルールを無視して、近道するために逆走したりする訳だ。逆走している車のほうがハイビームをフラッシュして「逆走してるぞぉ」と知らせてくれる。オートバイに4人家族がヘルメット無しに乗っていたり、誰もが自分と家族が最優先なので、ルールを無視してもお互い様で罪の意識が薄いのである。
ムンバイを出た頃にまた雨が強く降り出した。これからプネまで高速道路の山道である。無事に着くことを祈るしかない。第三十三話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第三十四話】(Day-14:July/22)プネ 晴27℃
ムンバイを車で出発して約2時間でムンバイ‐プネExpresswayの中間地点にあるサービスエリアでランチ休憩を取った。ここは見慣れたところであり、何とも懐かしい気分になる。
出張者には初めての場所なので、当地特有の軽食を試してもらったが、美味しく食べて頂けたようでホッとした。ワダパオ(ベジタリアンバーガー)、ミッサル(スナック菓子をスープに浸したもの)、そしてダヒワダ(揚げパンをヨーグルトに浸けたもの)という自分の当地の定番メニューである。
ランチの後はデカン高原の山道を登り始める。約600mの高地にLonavaraという避暑地があり、別荘やリゾートホテルが建っている。そこからしばらく走ると平地になり、プネに入っていく。久し振りに里帰りした気分になる。ムンバイでは時折強い雨に振られたが、プネは雨ではなさそうだ。
無事にホテルに着いたのは午後2時半過ぎで、出発からちょうど4時間半掛かった。これが夜ならもっと速いのだが。早速プネでは午後3時に面談が入っていたので、急ぎレセプションにタクシーを頼んだら、Uberアプリで予約してくれて5分で来るという。10分待っても来ないので、確認してもらったら、さっきの予約はドライバーの都合でキャンセルされたので次のドライバーを予約中とのことで、程なく予約画面を見せてくれた。後5分で到着と表示されている。ところがまた7分たっても来ないのでレセプションで確認してもらったら、渋滞で前の乗客を降ろすのが遅れていて、今から9分で到着するとのこと。この時点で約束の午後3時前になっていたので、先方には事情を伝えておいた。珍しく全員がそろって自分達の到着を待っているという。その後10分待ったがタクシーは来ないので、またレセプションに確認したら、またもドライバーが予約をキャンセルしたそうだ。どうやらドライバーがストをしているらしい。こうなればタクシーアプリは当てにならないので、ホテルの外に出て流しのオート(3輪)タクシーを拾うしかない。ホテルマンが「お手伝いしましょう」と出てきてくれた。オートのドライバーは英語が通じないことが多いからだ。直ぐにオートが掴まり、行き先を伝えてくれた。そのドライバーは「正直者」でちゃんとメーターを使ってくれたので、いつものように値段交渉をしなくて済んだ。
結局、面談場所には30分遅れて到着したので、来てくれた7名の人達にはお詫びと事情を簡単に説明した。日本ではあり得ないことだが、インドのアプリタクシーではドライバーが予約をキャンセルできる仕組みなのだ。このような経験を積むと、インドでは予定通りに物事が進まないことがよ~く理解できるのであるある。第三十四話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第三十五話】(Day-14:July/22)プネ 晴27℃
約束時刻を30分も遅れて面談に到着するとは、すっかりインド人になってしまった自分を再認識したが、インドにいると予期せぬ事態に遭遇することが日常茶飯事なので、致し方ないし、それは誰にも当てはまるので「お互い様」と認識されていて、遅刻という日本では「ご法度」とされることが容認される訳である。これはインドでの生活を経験しなければ、日本人には到底理解できない、大きな溝である。
さて、直前のアナウンスにも拘らず、午後3時の面談には主催者のNPO親日団体の幹部2名と会員5名が集まっていた。自分はその団体の非常勤顧問である。出張者による会社紹介と質疑応答、意見交換の後で一旦お披楽喜となり、場所を替えてお茶を飲みながらの懇親会となった。今日のこの面談も非常に有益であったと思う。出席者の一人が明日の午後に自社工場視察を受け入れてくれた。もう一人の参加者とは今回久しぶりの再会となり、出席者の業界に通じているので、夕食を誘って一緒に会場を出てホテルに戻った。
ホテルのレストランではビールとおツマミで一息ついて、知人からは色々と出張者の参考になる情報を提供してもらった。驚いたことに、その知人は昔(約40年前)に当地でシャープ㈱と合弁会社を設立した財閥のカリヤニグループの創設者と二代目の親子とは子供の頃からの懇意の存在であったと言うではないか。カリヤニグループは自分が退職直前に当地で4年勤めたSharp India Ltd.の合弁パートナーであったのだ。これは何とも嬉しい、予期せぬ偶然ならぬ必然のご縁であったということか!! 第三十五話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第三十六話】(Day-15:July/23)プネ 晴24℃
ここプネは自分にとって、奈良の自宅の次に長く(約10年)住んだ第二の故郷である。インドの友人知人の数は実際に日本よりも多い。それだけインド国内を動き回って来たということだ。今日も快適な天候で、最高気温が27℃である。夏は終わり、これから最低気温は徐々に下がっていくが、冬場でも日中の最高気温は25℃前後となる。当地に10年も住めたのは、この温暖快適な気候と美味しい食事と、そして何よりも人情味があって心地よく付き合える当地の人達(マラータ族)のお蔭である。
今朝は行事予定が無かったので、ゆっくり目のブランチにした。毎日野菜を多く、肉類は少なく摂るようにしている。午後から昨日の面談で招待を受けた、プネ郊外のプラスチック成形工場を訪問することになっていた。何とその場所は、自分が4年勤めたSharp India Ltd.の直ぐ近くであった! 市内から約1時間かけてタクシーで向かう道中に9年降りに見る景色も懐かしい。視察した工場はこじんまりとした町工場であったが、ちゃんと日本のモノ作りの基本である「5S」が現地語(マラーティー語)で掲げてあった。社長は9月に初来日するというので、今後の協力を約束した。帰りはタクシーは手配できない場所のため、社長が最寄りのメトロ駅まで送ってくれたが、その帰路につく前に、約2分の距離のシャープ工場に立ち寄ってもらった。現在は操業していないこの古びた工場は何と1985年の操業である。当時は当地の財閥カリヤニグループとの合弁で白黒ブラウン管テレビを製造していたが、シャープが買い取ったあと2005年にSharp Indiaとなっていた。自分が引き継いだ2012年当時は液晶テレビを製造していたが、翌年エアコン工場を立ち上げた。長年軋轢のあった労働組合との関係を、1年以上かけて融和させた経験は、自分にとって忘れることのない記憶となっている。第三十六話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第三十七話】(Day-15:July/23)プネ 晴24℃
9年ぶりに見る元勤務先の警備員に事情を話して中に入れてもらった。既に何年も操業停止していて、雑草が生い茂っており、当時の景色とは違っていたが、事務棟の正面玄関の中の様子は、製品のサンプルが一部無くなっていた他は当時のままであった。自分が化粧直しした玄関ホールが懐かしい!現在は従業員も解雇して、一部の経理税務関係者だけが時折出社しているという。この工場は一体どうなるのだろうか、人気を博したシャープのエアコンや家電はインドでいつ復活するのか、楽しみである。
帰路の途中に有名なスナックとチャイのお店があるというので立ち寄った。そこは確か10年前は小さなお店だったように記憶していたが、規模を拡大して賑わっていた。「プレート」と呼ばれるスナックと確かに美味いチャイで一息ついた。最寄りのメトロ駅まで送ってもらって社長においとまをした。
当地プネのメトロは自分が日本に帰国した2022年当時は工事中であったため、翌年辺りに運行開始していたメトロに乗るのが楽しみで仕方がなかったのだ。前回3月の当地出張時にも乗るチャンスが無かったので、今日はエキサイトしてしまった。エスカレーター(上りのみ)で駅構内に上ると、電子払い専用のキップ販売機が目に付いた。人のいる売り場で4駅先までのキップを20ルピー(約36円)で買ったら、デリーメトロと違ってトークンではなく、QRコードをかざして改札を通る仕組みだ。さすがに進化している。
子供のように車窓に釘付けになり、懐かしい街の景色をメトロの高架軌道の高さから眺めていた。ラッシュアワーは知らないが、日中は7分おきに電車が出ているようだ。宿泊ホテルの8階の部屋からもメトロが眺望できて嬉しい。
今夕は旧知の日本人の友人とその友人を夕食に招待して、当地で人気のエスニック料理のレストランで食事とワインを楽しみながらプネの生活について話を聞いた。その後、ホテルに戻りルーフトップ(屋上)バーで出張者と呑み直した。オープンウインドウで自然の優しい風も吹き込んで夜は涼しいくらいであった。今日も飲み過ぎたようだ。第三十七話完

Vol.4-38

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第三十八話】(Day-16:July/24)プネ 晴24℃
今日は午後3時半の面談まではフリーなので、出張者を市内の観光スポットにご案内することにした。先ずはAga Khan Palaceに向かった。ここは国父と呼ばれる故マハトマ・ガンディー翁が短期間だが幽閉された特別な館である、というのもカストゥルバ夫人と、ガンディー翁の右肩であったデサイ秘書という2名の最も近しい人が同じ年に他界されたのである。元は イスラム教徒の名士が雇用を生むために建てられた宮殿だが、統治していた大英帝国の命でガンディー翁を幽閉する特別な留置場となった。今はガンディー記念博物館としてプネの最重要観光スポットになっている。以前に訪れた時からここも進化していた。先ず、入館料を支払う窓口が無くなっていて、電子化され、携帯電話で電子マネーでチケットを買って、入口でその携帯にあるレシートを見せればいいのだ。当方はそんなことしていないので困っていると、元チケット売り場横の事務所から事務員に呼ばれた。その人の携帯を使って代表者一人の登録を済ませ、現金で250ルピー/人を支払って入館した。インドでは公共施設の入館料は外国人はインド人の10倍高くなっている。不公平とも言えなくは無いが、インドまで観光に来ている裕福な外国人を区別されるのも理解できる。それでも10倍は高すぎる!展示も一新されていてパネルなっていて、最初にQRコードで館内案内を検索しておくとパネルの番号で音声案内がが聴ける仕組みである。(これは日本でもやるべきだ!)ビデオモニターも追加され、銅像に加えて、実物そっくり(蝋人形か?)のガンディー像がいくつか置かれていた。幽閉されていた部屋も公開されている。そう大きくはない展示館を見終えて、お土産店に寄ってみた。ガンディーに関する書籍、サリーやクルタなどのインド服などに加えて小物の中に「三匹の堅猿」(これについては以前にも書いた)の飾り物を見つけたので迷わず買った。店員が同じものいくつか出して「どれにする?」と言うのでよく見ると印刷の濃さが全部バラバラなのであるある。日本なら間違いなく基準外の不良品となるものがほとんどであったので、一番濃いものを選んだ。
土産物を観ている時に、もよおして来たのでトイレに行くと洋式が使用中でインド式(和式と同じ)しか空いていなかったが、待てないのでインド式で用を足す覚悟を決めたのは良いが、長年洋式に慣れているので完全にしゃがめず中腰状態で用事を済ませ、それからである。ここにはトイレットペーパーなど無く、水道栓直結のシャワーもなく、バケツに溜めた水のみで手桶もない!! 手桶があれば都合が良かったのだが仕方がない。幸いバケツに水を溜める蛇口は手元にあるので何とか乗り切った。濡れた局所はハンカチで仕上げて難を逃れた。スーツケースにはいつも使いかけのペーパーロールを入れてあるのだが、今日は持ち出すのを忘れていた。インドで外出する際にはトイレットペーパーは必携であるある。第三十八話完

Vol.4-39

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第三十九話】(Day-16:July/24)プネ 晴24℃
ガンディー翁に別れを告げて、次はプネのメイン観光スポットの一つ、シャニワルワダ宮城に向かった。ここは18〜19世紀に当地のマラータ帝国の王族の宮殿があったところだが、残っているの建物は城壁と玄関と監視塔のみである。オート(三輪タクシー)を降りた歩道上にマンゴー🥭売りの女性がいて、チリパウダーをかけて売っていたので、大好物なのでつい買ってしまった。6切れで20ルピーである。出張者は汗を掻くからと、チリパウダー無しを賞味して頂いた。宮城への入場も先ほどと同じだ。城壁に上ると一周巡ることができる。観光シーズンの夜には音と光のショーがある。この次はいよいよプネと言えば、ガネーシャ神だ。当地はガネーシャ神の発祥地で主要な8つのガネーシャ寺院がプネとムンバイ地域に跨るが、その元祖とも言える寺院に参拝した。そこからオートで最寄りのメトロ駅まで移動して、ホテルに戻った。午後3時半から当地の日本人会の会長氏と幹部氏とのオンライン面談をして、現地の状況を拝聴した。
夕食には当地で最も人気のモールに出かけた。確かインドの典型的なターリーと呼ばれる食事専門のレストランがあったはずと、インフォメーションカウンターで尋ねたらあった! 昔のまま営業していた。ここでは大皿に小皿を10枚ほど乗せて、さまざまな料理を入れてくれて、お代わりも自由だ。但し、全てベジタリアンであるのと、酒類は無い。最初はパンで右手で食べ始めるが、スプーンでも差し支えない。
ひと通り食べた頃にご飯ものが出てくる。不思議に白いご飯は出てこず、サフランライスと何やらどろっとした穀物であった。充分にベジタリアン料理を堪能して、モールの中のIrish Barで食後のビールを一杯飲んでホテルに帰還した。今日もお疲れ様でした。第三十九話完

Vol.4-40

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第四十話】(Day-17:July/25)プネ 雨時々曇24℃
今朝も当地は雨模様である。朝8時過ぎにホテルを出発して、高速道路を下りムンバイに向かう。途中のサービスエリアでチャイで一息ついた後、日本へのお土産にとDates&Nutsショップに寄ったら、非常に多種のデーツ(サウジ製が10種類ほど)と各種のナッツ(国産と輸入)が測りで売っている。出張者はデーツとピスタチオとアーモンドを各1KG買っていた。自分もインド土産としてナッツ類やデーツ、そしてコーヒー豆は良い選択だと思う。但し、重いので国内移動時に預けられる制限(15kg)を超えないように注意する必要がある。
午後の面談場所に着いたのは途中の休憩を入れて午後1時半近くであった。かの面倒見の良い当地の友人も合流した。そこではパートナーの知人がマハラシュトラ州知事に非常に近しい人脈を持っていて、日本からの投資を誘致したいと言う。この手の話はインドではよく聞くのだが、全て眉唾ものだ。パートナーは後で、自分に「あいつの話は、30%割り引いて聞いてくれよ。」と言ったので、「いいや、50%だよ!」と返した。
面談後、ペルシャ料理のレストランに招待され、美味しい料理を堪能した。第四十話完

Vol.4-41

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第四十一話】(Day-17:July/25)ムンバイ 雨24℃
ずっと雨である。ランチ懇親会を終えて空港に向かった。予定より早く空港に着いたので、出張者を見送った後、空港ターミナル内のカフェで現地パートナーと今後の行動予定について打ち合わせをした後、自分はプネに戻る必要があったので、今朝プネから乗ってきたドライバーに連絡してもらい、料金交渉を始めた。ドライバーもプネに戻る事を聞いていたからだ。行きは約4,000ルピーであったのだが、帰りは4,500ルピーと言う。今度はアプリタクシーとしてではなく、個人タクシーとして利用するのに、往路以上に吹っ掛けて来たので、こっちは3,000ルピーなら乗るから空港まで来てくれ、それ以上ならこっちでアプリタクシーをとるよ、と伝えてもらった。しばらく交渉すると、ドライバーは4,000から3,500ルピーまで下げてきた。これなら交渉成立としても良かったのだが、最初に4,500と吹っ掛けてきたことが気に入らなかったので、3,000から一歩も引かなかった。交渉不成立となった。たまにはそういうことが有っても良いだろう。
さて、帰路はなかなか大変であった。先ずムンバイ市内からプネへの高速道路に着くまでに約2時間を要し、ようやく高速の入り口近くまで来たところで、マクドナルド店があったことを思い出し、立ち寄った。外は小雨である。トイレに行き、夕食にとバーガー(とは言ってもインドではビーフはご法度なのでチキンだが)をテイクアウトして、店を出たら外は大雨になっていた。タクシードライバーを探したが見当たらない!! OMG!! しばらく待っても戻って来ないので、予約をしてくれたパートナーに連絡したら、どうやら近場に給油に行っていて、もうすぐ戻るという。程なく戻ってきたのでホッとして、車に乗り軽い夕食を済ませた。そこからはまた高速の山道をひたすら登るのだが、暫く行くと急に渋滞になって、トロトロしか動かなくなった。それがずっと続いて途中、故障車が2台立ち往生していた。そこを過ぎると少し速くなったが、またも渋滞に。当初は23時頃にはプネに着く公算が、結局ホテルに着いたのは翌日の午前1時前であった。やれやれ、このムンバイ→プネの高速山登りルートはこういうリスクが付きまとうので、出張者には夜の移動はお勧めしない。翌朝は午前7時半にチェックアウトする予定なので寝不足は避けられそうにない。第四十一話完

Vol.4-42

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第四十二話】(Day-18:July/26)プネ 小雨23℃
今朝も小雨が降っているが、気温は低いので涼しい位だ。睡眠不足だが午前7時に朝食を摂り、7時半にチェックアウトして、オートですぐ近くのプネ州立大学外国語学部に7時45分に着いたが、8時から第一講が始まるというのにまだ正面ドアの鍵がかかっている。8時直前に開いたので教室に入ったがライトが着かない。どうもこの辺りの地域が停電のようであった。あるある!! アッチャー、夕べ作った講義のプレゼン資料が使えそうにない! 今季は7月〜10月までの修士課程2年生対象の「異文化コミュニケーション」を担当することになっていたのだが、今回が初の講義であったこともあり、仕方ないので今日はプレゼン無しにした。案の定、2時間の講義の間停電は復旧しなかった。
講義が午前10時に終わると、当地で「池坊いけばな」教室を運営している会長と副会長のインド人女性二人が外で自分を待っていた。この二人とは10年以上のお付き合いだが、昨年秋に京都の池坊本部を訪問していた。来年1月末に開催する特別イベントについて話を聴き、協力を約束した。10時半前にはこの後訪問予定のインドの私立一貫校(幼稚園から短大まで)から出迎えの車が待っていた。第四十二話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第四十三話】(Day-18:July/26)プネ 小雨23℃
Gayatri English Medium School(GEMS)に11時半過ぎに到着した。この学校とのご縁は、以前自分が非常勤講師として教鞭を執った当地の著名私立大学で知り合った教授が、GEMS校の顧問をしていて、今年3月に実施されたあるイベントに招聘されオンラインで登壇したことがあって、今回もその教授の要請で同校を訪問することになったのである。到着後学校長や理事長ら幹部とのご挨拶で、同校では今年度から7年生(中学1年)以上の日本語教育を始めたと言う。毎週土曜日に2時間の特別科目で、他の外国語は無いとのこと。ちょっとこちらへ、と部屋の外に呼ばれると、そこには約10名の男女生徒が整列して待っていて、何と「幸せなら手を叩こう」を斉唱してくれたが、上手いもんである。発音はもちろん、リズムも音程もほぼ完璧であった。理事長が「日本に行きたい人だれ?」と問いかけると全員が迷わず手を挙げた。
その後多くの生徒が集まっているイベント会場に案内され、ひな壇に上がっていつものように、蝋燭に火を灯す儀式に続き何やらイベントが始まった。優秀な男女生徒が学年のリーダーに選別されていて、バッヂとタスキをかける役目を果たした。その後で、壇に呼ばれてゲストスピーチを約15分、いつものようにインドと日本の関係と将来展望について話をした。イベント終了後、学校をおイトマして、昼食に呼ばれた。その時点で自分のスーツケースをプネ大学に置いて来てしまったことに気が付いた! アッチャーであるある!!(ヒンディー語で「アッチャー」は「OK」とか「Good」の意味である)
ランチの後は空港に送ってもらってハイデラバードに飛ぶ予定だったからだ。ランチの後に取りに寄ると飛行機に間に合わないタイミングだ。校長と世話役の教授が対応策を相談していて、別のタクシーに荷物をここまで運ばせると言う。自分がしでかしたミスだが、ここで待っていては間に合わないと判断し、空港への途中でタクシーとランデブーすることを提案した。それが奏功して空港には少し余裕を持って到着したが、空港入り口の書類検査でチケットを手元に持っていなかったので、スマホの予約票を見せたがダメ。「あっちのカウンターでチケットを印刷してもらって下さい」と言われてまたもピンチ!そう言われることは予想済みであったが、ダメ元で通そうとしたのである。これも自分がインド人化していることの現れだ。何とかチェックインが間に合って、無事に予定通りハイデラバードに飛んだ。第四十三話完

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「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第四十四話】(Day-19:July/27)ハイデラバード 曇29℃
昨晩ハイデラバードに到着し、自分が非常勤アドバイザーを務めているIndobox㈱の丹治社長宅に2泊することになった。ここ南インドのハイデラバードは、元はAP(Andhra Pradesh)州の州都として知られていたが、2014年6月にAP州から分割独立したテランガナ州の州都となった。面白いことにハイデラバード市は2024年まで10年間は分割前のAP州の州都を兼ねていたことだ。
今朝はあるインド人と朝食面談をすることになっていて、指定された近くのホテルに向かった。約束の9時になっても面談相手が現れないので、「またかぁ」と思ったが、5分経ってホテルの奥からその人は現れた。どうやら奥のレストランに先に来て待ってくれていたようだ。食事をしながら互いの自己紹介をして、話が盛り上がって行った。この人は日本の友人から紹介されて初めて会ったのだが、実はデリーに住んでおられて来週デリーで会うことを約束していたが、偶然にもハイデラバードで面談できることになった。
この人とはビジネスで今後相互協力できることを確認し別れた。
午後から当地の親日家団体のNaRa Japan Hubで「七夕祭りと夏祭り」のイベントが開催されていたので参加した。
参加者全員に短冊に願いを書くことになり、自分は「I wish to contribute to the eternal world peace!! 」と書き、
折り紙で「織姫」と「彦星」を折った。その後、お盆や夏祭り、原爆の悲劇や沖縄戦線についてもプレゼンされた。最後に「炭坑節」の盆踊りを全員参加で踊って楽しい一時を過ごした。約30人が集まり、日本人も自分を含め5人が参加した。10月下旬には恒例の「日本祭」が開催されるという。ここハイデラバードは自分にとっても今後インドの最重要都市になると感じている。 第四十四話完

Vol.4-45

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第四十五話】(Day-20:July/28)ハイデラバード 曇23℃
今朝午前6時半の当地の気温は23℃と快適だ。猛暑の4〜6月を避けて7月にインドを訪問するのがやはり正解である。今回の宿泊地はホテルではなく、一般的な3BHK(3LDK)の高層マンションの一室に寝泊まりさせてもらっている。BHKとは、Bedroom, Hall, Kitchenの略で、通常DKは別になっていてキッチンだけでも6畳はある。Hallも10〜20畳程あって広い。ここは玄関Hallが8畳程にリビング(ダイニング+)が20畳近くありそうだ。インドの集合住宅(アパートや高層マンション)では、3Bなら3つのバス・トイレがあり、2つのベッドルームにはそれぞれバス・トイレがあって、もう一つ共同のがあるという訳だ。日本なら一軒で2つ以上のバス・トイレのあるマンションは先ず無かろう。何と贅沢なことかと思うが、逆にバス・トイレが一緒になっていて、シャワーを使うとトイレまでビショ濡れになってしまうが、乾燥季が長く直ぐに乾いてしまうので、インド人は気にしないようだ。真夏はシャワーもお湯を沸かさずとも熱い。そしてバスタブのある家庭はごく少数だ。自分がインドに住んでいた時にバスタブ付きの住居を探すのに一苦労したものだ。大家さんと交渉してバスタブを後付けで設置してもらったこともある。バスタブが付いていても、セントラル給湯ではないところが多く、バスルームに設置された給湯器では、お湯を溜めるだけのキャパが足りないことも多かった。大容量のものに替えてもらったこともある。インドのマンションは購入してから内装工事をするので、それぞれ個性のある造りになっていて、玄関周りから、各部屋の壁紙デザイン、家具調度品、カーテンなどの内装は素晴らしく飾った凝ったものも多いようだ。尤も日本人駐在員が借りる物件はシンプルで飾り気のない家具家電付のものがほとんどだが、インド人の家に招かれると、ユニークな内装に驚かされることが多いのだ。もちろん、このようなマンションを購入して住んでいるインド人は上位中流以上階級の少数派であることを忘れてはいけないし、そこに通う下級労働者(メイド、コック、ドライバー)が必ず各家庭にいる。ここのマンションでは、各棟に住民用のエレベーターが3基と、その裏側にもう1基使用人用のがある。
ここは大規模高層マンション群(ソサエティ)で、14階建てビルが20棟あり、各階には6宅あるので、一つのソサエティは相当数の人数になる。だから敷地内にはスーパー、フードコート、クリニック、テニスコート、体育館、運動広場、集会所などがあって、メインゲートはセキュリティ会社が24時間体制で入場者を監視記録している。来訪者は、ゲートで警備員のスマホのアプリに登録して、訪問先の許可を受けなければ入場できない仕組みだ。セキュリティはまぁシッカリしていると言える。そうでないと、モノ売りや乞食さえ入ってくることがあるのだ。
コロナを通して、食料品やテイクアウト料理など何でも宅配できるようになっていて、バイクで配達できる生鮮食料品など、速ければ注文後10分で到着するとのこと。敷地内のスーパーに買い物に降りて行く必要もないということだ。これは若い働き手が多く、競争が激しいという社会背景があるからに他ならない。配達すればする程手取りが増える仕組みだからだ。
かように日本ではあり得ないことがインドには沢山あるある。第四十五話完

Vol.4-46

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第四十六話】(Day-20:July/28)ハイデラバード 晴25℃
今日は朝から3つの活動があり、最初の活動は10時からオンラインミーティングがあるので、午前9時過ぎに荷物を持って降りてタクシーを呼んでもらった。今朝は3人で乗ってT-Hubという世界最大規模の起業家支援施設に向かう予定。程なくタクシーが着いたが、後ろのトランクにスーツケースを入れようとしたら何か現地語(テルグ語)で訳の分からない事を言って断られたので、このドライバーはこっちから乗車拒否をして、次のドライバーを予約してもらった。次もなかなか来ないので、そうこうしている間に20分以上のタイムロスがあり、目的地に着いたのは午前10時を超えていた。止むなくオンラインミーティングを途中から参加して何とか役目を果たすと、次の面談場所に移動した。そこはビジネス専門学校で、起業を目指す若者が集まっていた。ゲストとしてある教室に呼ばれて、約20名の学生の前でスピーチをした。どうやら今日が講義の初日だったようで、喜んでもらえたようだ。この後、セミナー会場であるT-Hubに戻った。定刻の午後2時になっても誰も聴衆が現れないので、半時間スタートを遅らせることにして、軽食を取ることになった。結局セミナーが始まったのは午後3時近くになっていた。最初は20名ほどであった今回の聴衆は、途中退席者があって最後まで残っていたのは15名ほどと少なかったが、それなりに日本に興味を持っている人達が集まっていたようだ。開始時間が約1時間も遅れたので、仕方がない。予定していたパネルディスカッションは割愛した。講演後の記念撮影の様子でセミナーの成否が測れるが、今日も好評であったと思われる。
セミナー開催で世話になった皆に別れを告げて、T-Hubの向かいのビルにあるパブレストランに入り、クラフトビアでお疲れ様の乾杯! ここまでずっと喋り続けて来て、2日前辺りから喉がイガイガしてきていたから少し心配であったが、何とか役目は果たせたことに安堵。ビールのお代わりを注文する余裕もなく、タクシーに乗り、空港に向かった。余裕でチェックインを済ませ、オンタイムで搭乗した。第四十六話完

Vol.4-47

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第四十七話】(Day-20:July/28)ハイデラバード 晴25℃
ハイデラバードから飛んだエア・インディアの機材は、エアバスA350-900という国際線にも就航している最新のもので、3席x3列の広いキャビンと大型モニタースクリーンで快適である。何と言語は日本語も選択できる。映画も国際線と同じく楽しめるし、WiFiも接続できそうだ。エコノミーでは有料かと思ったが、試してみると無料で接続できたが、インターネットには接続できなかったので結局は役に立たなかった。それでも20日前に羽田から乗ったエア・インディア便の苦い経験を払拭してくれた。エア・インディアの汚名挽回である。
インドのフライトで面白いのは、どの航空会社であっても、毎回クルー(CA)が話せる言語をアナウンスしていることだ。このフライトでは、必須の英語とヒンディー語に加えて、パンジャブ語とネパール語が話せるクルーが乗務しているのだ。これは多言語国家のインドならではの特徴である。毎回違うので聞いていて楽しい。但し、機内アナウンスはどの航空会社も必ずヒンディー語と英語だ。インドのフライトのもう一つの特徴は機内食である。普通ならチキンかフィッシュかという選択だが、インドに飛ぶ全ての航空便の選択は「ベジ(ベジタリアン)」か「ノン・ベジ(非ベジ)」しかない。日本人なら当然「ノン・ベジ」を選択するだろうが、インドには牛肉を食べないヒンドゥー教徒や豚肉を食べないイスラム教徒がいるので、ノン・ベジは毎回チキンである。チキンに飽きてきたら、敢えて「ベジ」を指定してどんなものか試しに食べてみるのも一興である。
前の席のインド人の若者が離陸前にリクライニングをしたので、「それダメだよ」と注意したら驚いた顔をして戻したは良いが、その後着陸までリクライニングすることは無かった。あるある。
この便は何度も激しく揺れたが、定刻より20分遅れで無事に安着した。駐機場に停止する前に立ち上がる乗客が2人いてCAに注意されていた。あるある。第四十七話完

Vol.4-48

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第四十八話】(Day-20:July/28)ニューデリー 晴28℃
エア・インディアの最新鋭のエアバスでデリー空港に無事に着いたが、自分が過去に数百回も飛行機に乗っていて経験したことのない事態が起こった。
それは、先ず駐機場に止まってから異常に長く待たされた挙句に、通常は左側の出口からブリッジもしくはタラップで降機するのが、何故か右側の出口からタラップで降ろされたのである。思わず証拠写真を撮った。バスに最後の乗客が乗り込んだが、なかなか出発しない。5分程待っているとクルーが、同じバスに乗ってきたではないか。しかも、バスに乗り込んでいたCAの1人がスマホを機内に置き忘れたようで、下車して機内に戻ったのだ。さすがに彼女は珍しく走っていた。この間にバスのドライバーに尋ねて分かったことは、乗ってきた便は次は国際線のとして運航するため、国際線ターミナルに駐機したが、降ろす乗客は国内線の到着ターミナルに送る必要があるため、国際線ターミナルに直結する左側出口は使用せず、右側出口からタラップで降ろしたということだ。それは納得したが、クルーを乗客と同じバスに乗せて、しかも乗客を待たせているのは納得がいかない。やはりエア・インディアではあるある。 第四十八話完

Vol.4-49

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第四十九話】(Day-20:July/28)ニューデリー 晴28℃
デリー空港にはホテルからピックアップのドライバーが来ていた。英語は通じないので、片言のヒンディー語とジェスチャーで会話をした。もう深夜0時を回っていたので、約半時間でホテルに着いた。ここデリー(といっても実は隣のハリヤナ州のグルグラム)の定宿は以前にも書いたが、日本人長期滞在者向けの特別仕様である。全室にキッチンと冷蔵庫があって、バスルームにはバスタブとウォシュレットが常備されているし、朝食と夕食も和食が提供されていて、洗濯は毎日無料で即日仕上がりである。オマケに週末には地下の大浴場が外部の日本人にも開放されるので、ゴルフの後でユックリお湯に浸かってホッコリできるのだ。これに加えて、コロナ禍以降やっていないが、以前はカラオケルームまであって、北東地区から出稼ぎに来ている若い女性がホステスをしていたことがある。
チェックインの時にビール大瓶1本が用意されていた。これはハイデラバード出発時にホテルのオーナーに頼んでおいたのだ。ここのオーナーは古い友人で、ホテル開業当時から色々とアドバイスをしたり、日本から差し入れしたりしているので、いつも無料で泊めてくれるので有り難い。部屋に入るとビールを冷蔵庫に入れて、バスタブにお湯を溜めながら荷物を解いていたが、待ち切れずビールの栓を開けて一気に飲んでしまった! 風呂上がりに飲めば、もっと美味かったろうに。20日振りに風呂に入ってシッカリ癒されたことは言うまでも無い。第四十九話完

Vol.4-50

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第五十話】(Day-21:July/29)ニューデリー 曇時々雨28℃
今朝は和朝食をタップリ食べて最初の面談場所に出掛けたのだが、どうやら場所を間違えたようで、また移動となった。最近は全世界的にレンタルスペースやコワーキングスペースが流行っているが、インドも同じである。その最大手と思しきWeWorkは大都市に多くのスペースを持っていて、スタートアップ企業数の伸長に伴い、どこも繁盛しているようだ。
今朝の面談もWeWorkだったが、ほぼ全てのスペースが埋まっていて、若者を中心に賑わっていた。その後ホテルに戻ってランチ(豚生姜焼き定食)を食べてから次のミーティングに向かった。そこは自分がアドバイザーを務めるアパレル業界の現地法人である。今回の出張中にも希有なご縁があり、この仕事にも追い風が吹いていることを感じた。
最近のタクシーはネット決済が増えたことで、現金払いではお釣りを用意していないことが多い。今朝のタクシー料金は230ルピーで、500ルピーで払おうとするとお釣りは無いという。あるある。そこで、近くのカフェで何か買って500ルピーを崩すことにしよう。店員に「タクシー代を払うのに500ルピーを崩したいので、一番安い商品はどれか?」と尋ねたら、その店員はレジから100ルピー札を5枚出して両替してくれたのである。何と珍しく気前の良い店員だろうと嬉しくなり、「また今度食べに来るよ!」第五十話完

Vol.4-51

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第五十一話】(Day-22:July/30)ニューデリー 曇28℃
いよいよ今回の長旅の最終日を迎えた。今晩の夜行便で香港経由で大阪に飛ぶ。
インドとの付き合いは15年になるが、いつも変わらず思うことは、インドには両極端の二つの顔があることだ。一つの顔は最先端の技術を駆使してデジタル化とIT化で化粧されたヒューマノイドのような顔、そしてもう一つのインドの顔は、日焼けして垢抜けしないスッピンの顔である。
最初の顔は、もう既に日本を追い抜いている技術がインドにはあることだ。宇宙探査機の月面着陸は日本より先に成し遂げたし、火星探査機も打ち上げている。政府機関のデジタル化や庶民の日常の支払いもほぼどこでも電子化されている。EV化も日本より圧倒的に先を走っている。都市部ではEVバスが主流になってきた。都会のメトロではQRコードで自動改札を通る。空港でもスマホの事前登録で入場。観光地はスマホで入場料を支払うチケットレス。文科省が公表している世界の科学技術論文数ランクでも日本が10位でインドは9位に上がってきた。(人口差が大きいので仕方がない。世界一は米国を抜いた中国である。)そして何よりも、インドは今年中に経済規模(GDP)で日本を抜いて世界第4位になることが確実である。ひょっとしたらドイツも抜いて一気に第3位に浮上するかも知れないのだ。
もう一つの顔は、ゴミはそこら中に散らばっているし、野良牛はどこでも闊歩しているし、ストリートフードを素手で立食いする人達、道端の水道栓で給水して2つのタライで洗濯をして、最後には着ている服ごと身体を洗濯する主婦たち、大八車に一種類だけの野菜を乗せて行商する商人たち、ドアを開けっ放しで鉄橋を走る通勤列車、時刻表のないバス停でいつ来るか分からないバスを待つ若者と老人たち、そこにやって来る毒ガスのような排気ガスを撒き散らし、エアコンの無い旧式バス、親子4人が1台のオートバイにヘルメットも被らず相乗りして出かけていく家族、挙げればキリがない。
高速で進化するインドと旧態依然とした変わらないインドが常に共存しているのである。そんなインドを一言で表すとすれば、ダイバーシティを背景とする「GAP(格差)」の国ではないかと15年前から思っているが、そのGAPが一層際立っていることも確かだ。特に象徴的なのが、2014年にモディ首相が打ち出した「Swachh Bharat(クリーン・インディア)」という国策だ。既に10年が経過したが、ほとんど効果が上がっていない。これ、即ち14億人の貧富格差とカーストに縛られた階級意識こそが、インドの最大の弱点であり、その解決が最大の課題であることは議論の余地がないだろう。日本なら、今では多少の変化はあるにせよ、1億総中流意識があり、例えば自動車製造業で働く労働者はいつかは自分が造っている車に乗れると考えているが、インドではそれは夢物語に過ぎない。同様にホテルの清掃係は、同じクラスのホテルに泊まることは一生無いと思っている。だから良い仕事をしようとは思わず手を抜くから、品質の高い製品やサービスは期待できないのである。一時が万事そうなっているのがインドの悩ましい社会構造なのだ。上下のGAPが拡大することは避けられないとは言え、経済成長は下層階級にも少なからず影響し、政府による優遇策(高等教育と政府雇用)の改革と教育水準の底上げによる、下層階級の所得上昇が期待できることは予測できる。
「多様性」の中の「GAP」、その背景や構造を理解したいという好奇心が湧き出てくる、日本人の自分にとって飽きない魅力なのかも知れない。第五十一話完

Vol.4-52

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月編 第五十二話】(Day-22:July/30)ニューデリー 曇時々雨28℃
日本の津波情報が気になりながら、最終日の今日も忙しく動き回った。午前にはホテルに2人のインド人訪問客(初対面)があり、その後約1時間タクシーでニューデリー市内のレストランで、今回お世話になったAOTSの方とのランチミーティングを終えて、次の面談は同市内のコーヒーショップへ。その後空港近くのホテルで別の面談があり、最後にもう一軒訪問してきた。この日だけで5件の面談をこなしたことになる。移動を伴う面談を1日で5件というのは珍しいことだ。
実は最後に訪問した日系人材開発会社は、本当は昨日の段階で今朝10時に訪問する約束をしていたのだが、ウッカリしていてホテルへの来客とダブルブッキングとなってしまっていたのだが、その事に気付いたのはランチミーティングの席上、パソコンを開いたら先方からのメッセージが届いていて、その時点で「ハッと」気付いたというお粗末さであった。直ぐに謝罪のメッセージを返したが先方の反応は無かった、最悪である。悔やんでいる余裕もなく次の面談に移動した。次の面談はタクシーで20分程離れた古いショッピングゾーンの中のカフェであった。今度は先方から前のミーティングが延びていて少し遅れるという、あるある。その後、自分がアドバイザーとしてお手伝いしているインドの法律事務所の弁護士との面談が決まっていたので、空港近くのホテルへ向かった。その面談後、思いついて今朝面談をスッポカシてしまった人材開発会社にアポ無しで向かった。今朝のドタキャンのお詫びをするためだ。受付で名刺を出して「社長に会いたい」と告げると、程なくしてインド人社長と日本人の副社長の2人が受付まで来てくれた。社長に会うのは約10年ぶり、副社長は15年ぶりか、記憶は定かではないが、2人とも今朝のことは無かったかのように再会を歓迎してくれた。文字通り有り難いことだ。社長は「中でコーヒーでも」、と誘ってくれたが、ここで甘えてはイケナイと、その場で少しだけ立ち話をして近況を伝え、今後の連携と協力を約束した。別れ際にタクシーを呼んで欲しいとお願いしたら、副社長のドライバーに送らせるよと言ってくれた。もう、涙が出るほどの感激である。今朝は面談をスッポカシて迷惑をかけたのに、夕刻のアポ無しの訪問を歓迎してくれて、オマケに社用車で送ってくれると言うのだ。どこかでこの借りを返さねばならない。こういう友人は一生の友となるであろう。
全ての面談を終えてホテルに戻った時には流石に疲れが出た。休みたかったが、もう午後7時を超えており、ホテルにこれ以上の迷惑をかけるわけにもいかないので、8時前にチェックアウトして、レストランでハイボールを一杯呑んで一息ついた。この最後の一杯も含めて、今回の宿泊代も食費も呑み代も全てオーナーが面倒をみてくれた。有り難やまやまである。タクシーを呼んでもらって、デリー空港には余裕で到着し、チェックインを終えた。搭乗までまだ2時間半もあるが、下手に休んでいると乗り過ごしかね無いので、スパで1時間ヘッド+首+肩と足裏マッサージをしてもらってスッキリ。
デリー発のフライトは9分遅れて出発した。香港での乗り継ぎに余裕は無いが、何とか大阪まで帰れそうだ。ご多分に漏れず今回も波乱万丈のインド旅であったが、そうであればこそ飽きること無く愉しいのだ。多くの日本人、特に若者には体験してもらいたいと切に思うのである。第五十二話完(この編おわり)

Vol.4-番外編

「インドあるある話(Vol. 4)2025年7月度番外編 】(Day-23:July/31)大阪 晴33℃
全行程22日間8都市を巡るインド出張も無事に終えて関空に着いた、と思いきや、預けたスーツケースをターンテーブルで待っていたら、「イソガイ様」と書いたプラカードを持った係員が回って来たので、呼び止めると、「お客様のお荷物が香港から届いておりません」とのこと。どうやら積み残されたようで、今日の一つ遅い便に乗り、明日の午前中に自宅まで配送されるとのこと。この経験は以前にもあったので驚きもしないが、書類を書いて税関検査も通った。日本だから間違いなく明日届けてくれるだろう。その係員がネパール人というのも面白い偶然である。ちなみに関空は万博対策でインバウンドの入国審査カウンターを大幅に増強していた。
ついでに書くと、デリーから乗った便も満席で、隣に座っているインド人の年配の女性は、初めての経験なのか落ち着きがなく、しょっちゅう自分の領域に入り込んで当たってくるので不快であった。前の席の男性もいきなりフルリクライニングしてきたので、トントンと座席を叩いて、「離陸まで待って」と伝えた。オマケに機内食の選択(Veg/Non-Veg)を聞いてきたSAが自分をすっ飛ばして知らぬ顔をしているので、片付け始めている別のSAに頼んで待って来てもらわねば食べそびれるところであった。
今回も色々なサプライズがてんこ盛りであったが、体調を崩すこと無く、お腹を壊すこと無く最後まで元気で活動できたことは何より有り難い。それにしても日本のこの蒸し暑さはどうだ、インドの方がこの時期はずっと過ごしやすいし、これからは少しずつ涼しくなっていく。インドの有り難みを多くの日本人にも知ってもらいたいものだ。番外編おわり

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